ここでは、WW2のドイツ軍が使用した24 年型柄付型手榴弾を展示しています。
  
 
はじめに

ドイツ軍の手榴弾と言うと、誰もがポテトマッシャー(ジャガイモつぶし)の渾名で 有名なこの柄付手榴弾を連想すると思うが、今回は24年型柄付手榴弾:Stielhandgranate24を紹介する。
この24年型柄付手榴弾は、第一次世界大戦の時に開発された、ヘアブラシ型手榴弾の流れ を汲む柄付き手榴弾M1915の改良型で、塹壕戦の時に低い姿勢から投擲する事が出来る特徴を持った手榴弾である。弾頭部にはTNTが170g入れられて おり、摩擦式発火装置を採用している。
各種マニュアルを見ると、ドイツ軍は手榴弾を様々な状況に応じた使用法を定めており、非 常に汎用性の高い武器として運用していた事が判るが、それらについてはまた別のコンテンツで紹介する事とする。
 

  
24年型柄付手榴弾
Stielhandgranate24
  
 
 
 
 
24年型柄付手榴弾中期型
 
24年型柄付手榴弾には、弾頭部に携行用フック金具の付けられた初期型と、そのフック金 具を省略した中期型、更にマウントリング部と柄の取り付け方法を省力化した後期型があった。
 
写真上は安全キャップを付けている状態の24年型柄付手榴弾中期型と、安全キャップを外 して陶器製の点火索の握り玉を出した状態である。
 
全長は356mm、弾頭部直径60、5mm、高さ77、8mm(86、5mm:マウント 部を含む)。
カタログデータでは、直径59、8mm高さ75mm。このカタログデータは、 1938/40年及び1941年版のライベルト(ドイツ軍のマニュアル)から引用した物なのだが、このライベルトに描かれている図面の弾頭には、携行用の フックも付けられており、いわゆる初期型が描かれている。実際には1939年に新型の39年型柄付手榴弾が採用になったとする資料もあるので、この弾頭部 は39年型柄付手榴弾の物かもしれないが、資料によると39年型は全長406mmという事になっている。
 
 
 
 
分解した24年型柄付手榴弾
 
写真左上より、弾頭部、発火装置(先端の遅延発火装置は欠損)、安全キャップ、中段はマ ウント固定用木ビス、点火索、下段左から、マウントリング、木製の柄。
24年型柄付手榴弾は、信管を外した状態で前線に運ばれ、前線で使用する前に信管をセッ トするようになっていた。したがって、弾頭部及び信管はスクリューマウント式になっていて、工具を使わなくとも分解組立が出来る様に作られている。
 
 

 
 
弾頭部
 
弾頭部は弾頭ケース:Topfと、信管を収納するケース: Sprengkapselroehrchen、内側にネジ山が切ってあるソケットマウント部:Gewindeschaft、を備えた底板: Gewindedeckelで構成されており、両方共薄い鋼鈑で作られていている。したがってこの手榴弾の破片効果は低く、爆風で敵にダメージを与える対 人用で、(有効範囲は10m位)投げる方の兵が完全に遮蔽物に隠れていない場合にも使用出来る事から39年型卵型手榴弾と共に”攻撃型手榴弾”に分類され る。実際に、破片効果の不足に対応するために、数種類の脱着式破片効果増加アタッチメントも作られており、状況に応じて使用されていた。
 
写真の弾頭には”K”の文字が書かれているが、これは寒冷地用である事を示している。
また、弾頭部に下記の様な使用法をステンシルした物も生産されていた。
VOR GEBRAUCH
SPRENGLAPSEL
EINSETZEN
 
ディティール
 
弾頭部のスタンプと刻印。弾頭部中央にあるこのスタンプはWaA:Waffen Amt(ヴァッフェンアムト)と言って、兵器局の検査に合格した製品に押される物。
鷲のマークの下のWaAの後の英数字は工場毎に派遣された検査員長のコードを表している が、残念ながら読みとれない。
このWaAはスタンプの場合と刻印の場合があり、刻印の鷲には3種類のバリエーションが 存在する。
ディティール
 
弾頭部を下から見ると、星形の補強リブがプレスされているのが判る。また、遅延信管を挿 入する穴の部分を見ると、この弾頭が薄い鉄板プレスで作られているのが解り興味深い。
本来はこの穴の中に、信管を入れるケースが付けられていたが、装薬を抜く際に撤去されて いる。
ディティール
 
こちらは、メーカー名及び製造年月日の刻印とヴァッフェンアムトのスタンプ。
RR(最初のRは鏡文字になっている)が、これは”Westfalen” 州の”Iserlohn”にあった”Richard Rinker GmbH,”社のメーカーロゴで、1941年頃からは”brb”のメーカーコードに変更されている。比較的初期に作られた柄付手榴弾の刻印にはRRの他にRRKやRRMといった物 を多く見かけるが、これらはいわゆるメーカーコードでは無い。
ディティール
 
”RR”の後の”7101940”は、1940年10月7日に製造された事を示してい る。通常の装備類では年月迄は打刻されるが、日迄は刻印されていない。これは手榴弾が他の装備類と違い、使用期限がある(TNTは古くなると、敏感になり 危険なので)為の措置と考えられる。
 
ディティール
 
弾頭の底板には、柄との接続の為ソケットマウントが付けられている。また、この底板と弾 頭ケースはカシメられていて、分解する事は出来ない。
 

 
マウントリング部
 
この手榴弾は1940年製の中期型なので、まだマウントリング部:Ragenkappe が木ねじで木製の柄に固定されているが、後期型は ネジを廃止して、カシメで固定するように省力化された。
しかし、柄の中をくり抜いて点火索を通す構造は、生産性が悪かった為、弾頭部に直接信管 をねじ込める様に改良された43年型柄付手榴弾が作られた。 
 

 
ディティール
 
弾頭部を外した状態。
マウントリング部の中には、信管ソケットが付けられ、弾頭部にねじ込むマウント: Gewindekappeが付けられている。
また、マウントリング部はオリーブグリーンの下に、錆止めのプライマーが塗られているの がわかるだろうか?。どう考えても使い捨ての手榴弾に、この様な手間をかけていたのが、如何にもドイツ的で面白い。
 

 
 
ディティール
 
マウントリング部と信管、木製の柄の関係を示す。
点火索の先端についているボールは鉛製で、信管のリングと緊結する目的と柄の中を通す時 の重りの役目を兼ねている。
また、木製の柄の先端が黒く見えるのは、マウント部の中を水密構造にするためにタールが 塗られているためである。
 
ディティール
 
上から見たマウントとマウントリング部。
マウントは鋼鈑プレス成形で作られており、メッキ処理が施されている。中央に空けられた 穴は、信管をセットするためのものである。
画像で見える縁は、弾頭とマウントの接続部を保護するために設けられた、マウントリング の折り返し:Pappringeである。
ディティール
 
マウントリング部の内側。
前述の様に、マウントリング部には弾頭部を固定するマウントスクリュー部が別部品で付け られている。
   
続 き を 見 る
  
   
ホームに戻る
資 料館トップへ 
資料館 別館トップへ

本サイトに掲載されている文章及び画像の 無断転載はお断りします。Copyright  2000  STEINER

21.Feb.2000 公開
04.Feb.2003 改訂

  inserted by FC2 system