ここでは、WW2のドイツ軍が使用した34 年型弾薬箱と41年型弾薬箱を展示しています。
  
はじめに

34年型弾薬箱と41年型弾薬箱に関しては、MG34の関連アイテムのコンテンツ で既に簡単な紹介をしているが、今回は弾薬を収納する以外の使用方法も含めてもう少し細かく解説する事にする。今回のコンテンツを制作するにあたり、貴重 なコレクションを提供してくれたオータさんとPuckiさんに感謝の意を表します。

  
弾薬箱 34年型と41年型
  
 
34年型弾薬箱と41年型弾薬箱
 
写真左が34年型弾薬箱で右が41年型弾薬箱。
 
34年型弾薬箱は年式でも判る様、MG34と同時に採用された弾薬運搬用の金属製の箱で あるが、この34年型弾薬箱が採用される1年前の1933年に採用されていた250発のベルトリンク1本(長さ約5m)、若しくは50発のベルトリンク6 本で300発の実包を収納する事が出来る。
 
41年型弾薬箱は34年型弾薬箱の後継型として開発され、生産性と防水性能が改良されて いる。
 
 

弾薬箱34年型と41年型
 
弾薬箱は弾薬運搬と弾薬保護を目的としている。
よく写真では裸の弾帯を体等に巻き付けている兵士を見るが、作動不良を防ぐためには決し て望ましい事では無い。
 
34年型・41年型・共に携行ハンドルは蓋のくぼみに収納出来るよう片側に寄せて取り付 けられており、弾薬箱を重ねたり2箱を持つ時にも有効な設計となっている。
 
また41年型の弾薬箱は蓋の上面に補強リブをプレスした後期型もあった。
 
 

34年型弾薬箱と41年型弾薬箱
 
34年型弾薬箱と41年型弾薬箱は本体と蓋のヒンジがかなり異なる作りになっている。蓋 は下でも説明するが、フィードトレー(給弾口にある弾帯導入部)までの実包及び弾帯が土などを引きずらない様にする役目も持っているため、出来るだけ地面 に近い位置に開く事が出来るように設計されている。特に34年型の蓋が斜めのカットになっているのは丁番の位置を少しでも下に下げる為の設計だと思われ る。
 
 
34年型弾薬箱と41年型弾薬箱
 
写真を見てもらうと解るが、弾薬箱の蓋は射撃時に弾帯が土等を引きずる事を防ぐ役割も 持っていた。
 
ただし、このような状態で射撃する場合、送弾手が弾帯を弾薬箱からスムースに繰り出す事 が望ましく、固定陣地等の設営、若しくはチームでの移動が必要であった。
 

 
実包の収納方法
 
8mmマウザー弾は写真の様にベルトリンクにセットされて収納されるが、弾頭の方が細いため同一方向で収納すると弾頭側に寝てしまう。
 
写真上は150発のベルトリンクを収納した状態。
 
画像下は1941年発行のAusbildungsvorschrift fuer die Infanterie(A.V.I.)H.Dv.130/2aと言うマニュアルに掲載されている実包の収納方法で、全ての実包を同一方向に収納するのでは 無く、底の方の実包は射撃方向と反対向きに捻って収納する様に図示されている。
 
実際には同一方向でベルトリンクを収納していくと250発を収納するのが精一杯で、300発の実包を収納するには150発程度を収納し た時点でベルトリンクを捻って実包の向きを変えてやる必要がある。
 
また、こうして途中から逆向きに収納する事で運搬中に弾薬箱の中のベルトリンクが絡まってしまう事を防いだのだろう。
この様にベルトリンクを捻っても、連続射撃には全く問題は無く、スムースに装弾する事が出来る。
 
   
34年型弾薬箱
 
34年型弾薬箱:Patronenkasten34
 
34年型弾薬箱は機関銃の最も重要な周辺装備の一つで、弾薬運搬以外にMG34・42の 予備パーツ入れや専用工具ケース、機関銃用オイル缶運搬ケース、装填具入れ等にも使用されていた。
 
箱本体は初期はアルミ、中・後期は鋼鈑プレスで作られているが、鋳造パーツやプレス製 パーツをリベット止め、スポット溶接で取り付けてあり、かなり凝った作りになっている。
 
写真は本体が鋼製の中・後期型であるが、携行ハンドルの作りが異なる他、細部のパーツの 作りや取り付け方にも違いがあり、1934年の採用後1941年に新型弾薬箱が登場するまでに改良が加えられた様子が伺えて興味深い。
 

 
34年型弾薬箱:Patronenkasten34
 
写真は1936年製の初期型弾薬箱で、本体及び携行ハンドル等はアルミ製である。塗装は 再三重ね塗りが繰り返された痕跡があり、現在見られる最も下の層は黒、その上が写真でも確認出来る3色迷彩、さらにその上にフィールドグレーが塗られてい る。実際にはこの上に戦後に施されたオリーブグリーンのペイントがあったそうである。
 

 
34年型弾薬箱:Patronenkasten34
 
34年型弾薬箱は長さ360mm・高さ170mm・巾85mmの鋼鈑製で、写真は中期型 である。
斜めにカットされた特徴的な蓋は、開けた時に蓋が少しでも地面に近くなる様に工夫された 物で、ベルトリンクが地面に直接触れない為の物である。
したがって、実際に使用する場合は、画像右側に機関銃がセットされる事になる。
 

 
 
ディティール
 
写真上の弾薬箱は下の弾薬箱に比べるとリベット接合部分が少なく、スポット溶接が多用されている後期型である。後期型の携行ハンドル は、鋼製丸棒では無く、プレス成形で作られている。製造年の刻印はペイントで埋まっているのか確認出来ない。
 
写真下の弾薬箱は後で紹介するが1939年の製造年刻印が打刻されている中期型。
上の後期型弾薬箱よりも、リベット接合が多用されているのが特徴である。
 
 
ディティール
 
写真は弾薬箱の蓋のロック機構部側を写した物であるが、この弾薬箱を開けるには、蓋の上に位置する栓抜きの様名形をしているレバーハン ドルを引き上げるとロックが解除され、そのままハンドルを持って丁番側に持ち上げると蓋を開く事が出来る様になっている。
 
また、弾薬箱の両側面下部には写真の様な可倒式の取っ手が付けられている。
 
この取っ手には皮革製のカバーが付けられているが、両側の取っ手を持つ時の為なのだろう。
 
写真を見るとわかる様に、細部のパーツは微妙に形が異なっているが、これらについても製造年代による相違なのか、メーカーの違いによる ものなのかはわからない。
 
 
ディティール
 
蓋の丁番側を示す。
 
丁番は写真の様に中期型ではリベット接合で、後期型ではスポット溶接が採用されている。
 
携行ハンドルはいずれも中央部が凸型に曲げてあり、携行用スリングのナス環がずれない様になっている。
 
これは小銃の銃身に弾薬箱を引っ掛けて運搬する時にも便利ではあったが、小銃をその様に使用する事は銃身の精度に悪影響を及ぼす恐れも あり、あまり良い事では無い。
 
 

 
ディティール
 
蓋を開けた状態を示す。
 
蓋はこの様にトレー代わりになる様な設計になってはいるが、ただ単に弾薬箱を地面に置いただけでは、残弾数が少なくなると少し不安定に なるので、射撃中はやはり送弾手がベルトリンクをスムースに送り出してやる事が必要である。
ディティール
 
弾薬箱本体の機関銃側(右側)の鋼鈑は内側に折り曲げられていて、補強パーツの役割を果たしているが、ベルトリンクが引っかからない様 に内側に丸みの付いた形に加工してある。
 
この部分の加工に関しては、単純に折り曲げてエッジのある物もあるが、それが製造年代による差なのか、メーカー格差による物なのかはわ からない。
刻印
 
このアルミ製初期型弾薬箱の蓋には”E&G”のメーカーロゴと、1936年の刻印、旧タイプヴァッフェンアムトが打刻されてい る。
刻印
 
上の刻印のクローズアップ。
左上が”E&G”のメーカーロゴと、1936年の刻印、右下に旧タイプの鷲章のヴァッフェンアムトが打刻されている。
 
刻印
 
このアルミ製初期型弾薬箱に”bdn”のメーカーロゴと1940年製を示す”40”の刻印、新型のヴァッフェンアムトが打刻されてい る。
 
こうして見ると、少なくとも1939年には鋼製弾薬箱の生産は始まっていたが、1940年まではアルミ製弾薬箱も生産が続けられていた 事がわかる。
刻印
 
この鋼製中期型弾薬箱の蓋には、1939年の刻印が打刻されている。
 
恐らく最初はダークグリーンに塗装されていたと思われるが、ジャーマングレーでリペイントされている。
 
ジャーマングレーの下には他の戦争初期の鉄製装備と同様に赤の錆び止めプライマーが塗られている。
  
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20.Jan.2001 公開
25.Dec.2002 改定
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