このページでは、武装親衛隊の43年型野戦服を紹介しま す。
   
はじめに
 
今回は、武装親衛隊用の43年型野戦服(Feldbluse43)を紹介する。SSでは 1941年以降国防軍とは別の生産体制を管轄下の収容所内などに確立し、殆ど独自に被服を生産する様になっていたが、野戦服に関しては何故か陸軍に準じた 簡略化を行なっている。陸軍同様4つの貼り付けポケットを持った最後の形式の野戦服となった43年型野戦服は、戦争末期の乱造されたSS師団に多く支給さ れた様で、初期に編制された精鋭師団での使用例は比較的少なかった様である。
   
 
SS上級小隊指揮官(SS曹長)の43年型野戦服

1941年以降に独自の生産体制を確立したSSでも、野戦服に関しては陸軍同様の簡略化がなされていた。戦局もいよいよ厳しさを 増してきた1943年、SSの軍装品にも様々な変更が行なわれ、生産性を向上させる為の統一規格などが真剣に検討されるに至った。その様な状況下、SSの 42年型野戦服にも若干の変更が加えられ、4つの貼り付けポケットの雨蓋のカットが簡略化された。
この43年型野戦服は、ポケットの雨蓋の他は42年型野戦服と同じ作りで、4つポケットが付けられたウール製野戦服としては最後に作ら れた形式となっている。陸軍に続いて44年の10月10日に統一規格の44年型野戦服が採用されたが、この44年型野戦服は全軍に行き渡る前にドイツは敗 戦を迎えたため、戦争末期に編制された新しいSS師団では、この43年型野戦服が多く使用されていた。画像はSS歩兵科曹長の43年型野戦服で、イタリア 軍から接収したウール生地で作られている。SSの43年型野戦服は、この他にフェルトグラウ44などのウール生地でも生産されている。
 

 
SS上級小隊指揮官(SS曹長)の43年型野戦服

後ろから見たSS用43年型野戦服。
コットン製の夏服や作業着と異なり、ウール製の野戦服はこの様に背中が1枚の布で作られている。そのため、前後と脇にダーツが取ってあ る。
写真でウエストのあたりに縦に2ツ並んだ穴が見えるが、これはベルトフック金具を出す穴で、前後4カ所に設けられている。実際に4ヶの ベルトフック金具を付けるとかなりの装備を付けていてもウエストベルトを保持する事が出来、歩いたくらいではウエストベルトが落ちる事は無い。ベルトフッ ク金具の取付に関しては42年型野戦服から採用された簡略化された方式で、服の内装に縫い付けられたループにベルトフック金具を取り付ける様になってい る。この様に後ろから見ても、ベルトフック金具用ホールの上に金具を付ける為に縫い付けられたループのステッチが確認出来るので、42年型以降の野戦服で ある事が判別出来る。また、画像を見るとわかるが、SSの野戦服では前合わせのボタンは最後まで5ケだった為、着丈が陸軍の野戦服より短く袖の方が長く作 られているのが特徴である。
 

 
SS上級小隊指揮官(SS曹長)の43年型野戦服

43年型野戦服の内装は42年型野戦服と同様、内蔵サスペンダーが廃止された替わりにベルトフック金具を付ける為のタブが付けら れている。
この服の裏地にはライトグレーのヘリンボーンのレーヨン生地が使用されている。このレーヨンはコットンの代用品として使用されていたい た物で、比較的豊富に入手する事が出来た木材又はセルロース製品より製造されていた。なお、この43年型野戦服のベルトフック取付け用タブは、前の2個が 取り外されてしまっている。

   
各部のディティール
   
 
開襟着用の状態

この服は、基本的に前線では開襟着用する事になっていた為、下襟には「シツケ」が施されている。しかし、実際には第一ボタンを留 めて着用する事も出来る様に作られており、上襟を留める為にホック金具も付けられている。内地などで外出着として着用する場合に、第1ボタンを閉めずに開 襟着用する場合には、下に着たシャツに黒のネクタイをしめる事と規定されていた。この開襟着用の実例は当サイトの「写真館」のコンテンツ、一枚の写真から・その5 「4兄弟の記念撮影」にわかりやすい写真が掲載してあるので興味のある方は参照されたい。

 
襟のホックを留めた状態
 
SS用の野戦服は襟章が陸軍より高さがあるにもかかわらず、上襟を大きく作っていた訳では無いので下士官が襟にトレッセを付けると、写 真の様に第1ボタンを閉めて着用した場合には、襟章がはみ出してしまう事があった。また、写真に写っている様に、SSの43年型野戦服では、脱着式布製カ ラーを取り付ける為のボタンが省略されている。ただし、これら戦争後期の野戦服に使われているウール地はかなりゴワゴワしているので、支給後に布製カラー を付ける為のボタンを追加して着用していた例もある。なお、この写真で直線的にカットに変更された、貼り付けポケットの雨蓋が良くわかる。
SS下士官・兵用襟章
 
ドイツ人SS部隊に広く使用されていた刺繍タイプの下士官・兵用襟章で、黒のウール台布にシルバーグレーの糸で刺繍されている。ルーン 文字のSSのまわりに縁取りがある様に見えるが、これは糸の方向を変えて二重に刺繍してあり下の刺繍の糸が見えている為である。このタイプの襟章では二重 に刺繍した上の方の糸がこんもりと盛り上がった感じになっているのも特徴である。
SS曹長用襟章
 
これはSS曹長の階級を表す襟章であるが、やはり黒のウール地を膠で固めた麻の芯材に巻いた台が使用されている。このピプは足が短いタ イプなので襟章の裏側で足を曲げてあり襟を貫通してはいない。この服は野戦用の様でフィールドグレーのトレッセが縫い付けられているが、襟章がトレッセに 少し被さっている。これはSS用の野戦服も襟章の大きさの割に大きく作られていないためで、当時の写真でも散見される。
SS曹長用肩章
 
いわゆるSS用の42年型肩章と言われているタイプである。白のレーヨンパイピングが歩兵科を表している。この肩章にもフィールドグ レーのトレッセが使用されているが、SSの42年型肩章でもホワイトのトレッセやアルミシルバーのトレッセの使用例は確認されている。この肩章の作りは既 にSS用40年型野戦服の コンテンツで紹介しているので、興味のある方はそちらを参照されたい。
SS用国家鷲章
 
これも既にいくつかのコンテンツで紹介している刺繍タイプの国家鷲章であるが、この鷲章はライトグレーの糸で刺繍されたタイプである。
刺繍タイプの国家鷲章には様々なバリエーションが存在するので機会を見てそれらも紹介したいと考えている。
 
襟の裏地等
 
この服では襟の裏地に夏用の野戦服や、作業着に使われているヘリンボーンのコットン生地が使用されている。この時期の野戦服の多くは、 この様にリードグリーンのヘリンボーンのコットン生地が使われているが、使用する材料の種類を極力減らす事も、全体的に見れば生産性を向上させる上では効 果があったと思われる。特にこのイタリア生地を使ったSS用43年型野戦服に関しては、リードグリーンのヘリンボーンコットンの使用例が多い印象を受け る。
襟の裏地等
 
これは上の画像のクローズアップであるが、この画像では襟の裏地がヘリンボーンコットン(杉綾織の綿布)である事がわかって貰えるだろ う。また上襟と服の接合部を見ると途中から角度が変わっているが、これはほぼ同一サイズのSS用43年型野戦服で異なるカットをされている物も所持してい るので、サイズによるカットの違いでは無く、型紙にバリエーションがあった可能性もあるかもしれないと考えている。
胸ポケットのフラップ等

陸軍の野戦服のコンテンツでも既に述べたが、42年型野戦服と43年型野戦服の識別点は貼り付けポケットの雨蓋の形状のみで、こ れはSS用野戦服でも全く同じである。余談ではあるが、SS用の野戦服は強制収容所等の施設で作られていた物が多く、陸軍の野戦服と比べると縫製等が良く 無い物も散見される。この服でも実際左右の胸ポケットの取り付け位置が若干上下していて、右の胸ポケットの方が少し高い位置に縫い付けられている。これは 44年型迷彩服にも共通して見られる特徴で興味深い。また陸軍の野戦服では脇から胸ポケットに向かって設けられているダーツがSS用野戦服では省略されて いる。

  
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17.Jun.2001 公開
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