このページでは、陸軍の45年型野戦服を紹介します。
   
はじめに
 
今回は、陸軍の45年型野戦服(Feldrock45)を紹介する。45年型野戦服を FeldbluseではなくFeldrockとしてあるのは、この野戦服が回収された1935年型の礼服(Waffenrock)を改造して作った物であ るからである。
45年型野戦服は今まで国内で発表された資料には恐らく出た事が無いと思われるが、今回 は撮影日のわかるプライベート写真で存在が確認出来たので、その写真と共に紹介する事にした。
本コンテンツを制作するにあたり、貴重なコレクションを取材させて下さったPucki 氏、えっさい氏に感謝の意を表します。
   
 
1935年型礼服(Waffenrock)
 
これは45年型野戦服の元になっていた、典型的な陸軍砲兵科二等兵の35年型礼服である。
35年型礼服は1940年2月付け通達「臨戦期間中の制服」の規定によって廃止されたため、これ以降は支給されず勤務服か野戦服が礼服 の代わりに着用される事になった。
既に支給されていた官給の35年型礼服は回収され、ストックされていたが、いよいよ戦況が逼迫し野戦服仕様に改造されたのが45年型野 戦服である。
 
 
陸軍歩兵科二等兵の45年型野戦服
 
左の画像と見比べればわかる様に、この45年型野戦服は前面の兵科色パイピングを外して 襟を交換し、肩章を脱着式にしている他に、袖口も改修してある。
元々外に一切ポケットが付けられていなかったり、スマートさを強調したカットだったた め、動きやすさと言う面でも野戦服として使用するには不便だったろう。
胸の国家鷲章が1935年の採用当時の極初期型のままなのも興味深い。
 
陸軍歩兵科二等兵の45年型野戦服

後ろから見た陸軍用45年型野戦服。
今までの野戦服などと異なり、背面も複雑なカットだった礼服から作られていたので、改造後でもこの様になっている。
後で詳しく紹介するが、実際には裾の飾りやベルトフックを兼ねたボタンも取り外されている。
こうして見ると、単にストックしていた物を支給したのではなく、かなりの手間を掛けて改修しているのがわかる。
縫製作業のための人員よりも、原材料の調達が困難だったのか、あくまで礼服では無い事を強調したかったのか、ドイツ人の制服に対する拘 りを合わせて考えると興味深い。

陸軍歩兵科二等兵の45年型野戦服

内装は殆どそのままに近いが、剣を吊る為のスリット等も撤去されている。
また、43年型野戦服までは付けられていた包帯用ポケットや、ウエストベルトを支えるためのベルトフック等は付け加えられていないのも 印象的である。
また、襟を見ると布製の脱着式カラー用のボタンが見えるが、服本体にはボタンが付けられていないので、実際には布製カラーは使用しな かった可能性もある。
恐らく被服工場等に在庫であった43年型野戦服の襟等を流用して取り付けたのであろう。

   
各部のディティール
   
襟のホックを留めた状態

戦争後期の野戦服は、基本的に前線では開襟着用する事になっていたが、この服は戦前の礼服を元に作っているので下襟には「シツ ケ」が施されていない。
また、この服では見た通り襟も交換されているが、既に青味の強いフィールドグレーの生地の在庫が無かった様で、フィールドグレー44と 言われていた末期のウール生地で作られた襟が取り付けられている。
これは44年型の統一規格の野戦服が採用になった時点で、既に作られていた43年型野戦服の襟(44年型野戦服の襟はカットが異なる) を流用した物かもしれない。

この服の襟章
 
この服には1940年末に採用されたフィールドグレー地にマウスグレーのラインの入った各兵科共通の襟章が付けられている。
この襟章は資料によっては1940年末に生産が開始されたとあるが、詳細は不明。実際には1941年頃から支給が開始された様で、42 年型野戦服以降は殆どこのタイプの襟章が付けられていた。
なお、陸軍の兵用襟章の変遷に関しては当HPのコンテンツ、「一枚の写真から その 1」を参照されたい。
国家鷲章等
 
結構細かいところまで手を入れて改修している45年型野戦服であるが、国家鷲章に関しては礼服として作られた当初の物が付いている。
ダークグリーン地のBEVOタイプや刺繍タイプの国家鷲章よりは目立たなかったと思われるが、中にはダークグリーン地の国家鷲章を付け たままの45年型野戦服もあった様である。
国家鷲章
 
この国家鷲章は礼服用の最初に採用されたタイプである。
アルミシルバーの糸を使用したBEVOタイプで、鷲の胴体が細身である事とグレー地である事が特徴である。
陸軍歩兵科兵用肩章
 
いわゆる陸軍の末期型肩章と言われているタイプである。
白のレーヨンパイピングが歩兵科を表している。
35年型礼服の場合は通常肩章は差し込み式であったが、45年型野戦服では肩章取り付け用ループも追加されている。
襟の裏地等
 
この服では襟の裏地に夏用の野戦服や、作業着に使われているヘリンボーンのコットン生地が使用されている。
戦争末期の野戦服の多くは、この様にリードグリーンのヘリンボーンのコットン生地が使われているが、使用する材料の種類を極力減らす事 も、全体的に見れば生産性を向上させる上では効果があったと思われる。
襟の裏地等
 
これは上の画像のクローズアップであるが、この画像では襟の裏地がヘリンボーンコットン(杉綾織の綿布)である事がわかって貰えるだろ う。
また襟章の縫い糸が縦と横で異なるのも興味深い。
これは各作業が流れ作業で行なわれていた事を示しており、この襟を作った被服工場がかなり大きな工場であった可能性を強く感じさせる。
  
続 き を 見 る
  
   
ホームに戻る
資 料館トップへ

本サイトに掲載されている文章及び画像の 無断転載はお断りします。Copyright  2001  STEINER

16.Jul.2001 公開
03.Aug.2001 改訂
inserted by FC2 system