このページでは、ドイツ陸軍の43年型野戦服を紹介します。
   
はじめに
 
今回は、Pucki氏のコレクションの中から陸軍の43年型野戦服 (Feldbluse43)を紹介します。
36年型野戦服が採用になってから7年、本格的戦争が始まって4年弱、4つの貼り付けポ ケットを持った最後の形式の野戦服となった43年型野戦服は、戦争末期の野戦服として陸軍の野戦師団に支給されたが、既に外出着としてグリーンカラーに直 される等の大幅な改造をされる事も少なくなっていた様で(皆無では無い)、比較的無改造の状態で残存しているケースが多く、残存数の割に当時の作りをその まま見る事が出来る。
ここでは各形式の野戦服との共通点・相違点も含め43年型野戦服を紹介してみようと思 う。
   
 
陸軍砲兵科上等兵の43年型野戦服

戦局もいよいよ厳しさを増してきた1943年、軍装品にも様々な変更が行なわれ、生産性を向上させる為の統一規格などが真剣に検 討されるに至った。
その様な状況下、42年型野戦服にも若干の変更が加えられ、4つの貼り付けポケットの雨蓋のカットが簡略化された。
この43年型野戦服は、ポケットの雨蓋の他は42年型野戦服と同じ作りで、36年型以来の形の野戦服としては最後に作られた形式となっ ている。
44年の9月に統一規格の44年型野戦服が採用されたが、この44年型野戦服は全軍に行き渡る前にドイツは敗戦を迎えたため、戦争末期 の戦場では、この43年型野戦服が多く使用されていた。
画像は陸軍砲兵科上等兵の43年型野戦服で、フェルトグラウ44と呼ばれている茶色の強いウール生地で作られている。
43年型野戦服は、この他にイタリア軍から接収したイタリア生地でも生産されている。
 

 
陸軍砲兵科上等兵の43年型野戦服

後ろから見た43年型野戦服。
コットン製の夏服や作業着と異なり、ウール製の野戦服はこの様に背中が1枚の布で作られている。そのため、前後と脇にダーツが取ってあ る。
写真でウエストのあたりに縦に3ツ並んだ穴が見えるが、これはベルトフック金具を出す穴で、前後4カ所に設けられている。
実際に4ヶのベルトフック金具を付けるとかなりの装備を付けていてもウエストベルトを保持する事が出来、歩いたくらいではウエストベル トが落ちる事は無い。
ベルトフック金具の取付に関しては42年型野戦服から採用された簡略化された方式で、服の内装に縫い付けられたループにベルトフック金 具を取り付ける様になっている。
この様に後ろから見ても、ベルトフック金具用ホールの上に金具を付ける為に縫い付けられたループのステッチが確認出来るので、42年型 以降の野戦服である事が判別出来る。
 

 
43年型野戦服の内装

43年型野戦服の内装は42年型野戦服と同様、内蔵サスペンダーが廃止された替わりにベルトフック金具を付ける為のループが付け られている。
 
この服の裏地にはドイツIG染料工業が1942年に発表したペルロンが使用されている。
このペルロンはそれまでコットンの代用品として使用されていたレーヨン(木材又はセルロース製品より製造)と異なり、石炭、石灰・水を 主成分とする合成繊維である。
ただし、このペルロンは全ての服の裏地に使われていた訳では無く、従来通りのコットンやレーヨン生地を使用して作られている服もある。
 

   
各部のディティール
   
襟のホックを留めた状態

この服は、基本的に前線では開襟着用する事になっていた為、下襟には「シツケ」が施されている。
しかし、実際にはこの様に第一ボタンを留めて着用する事も出来る様に作られており、襟を留めるホック金具も付けられている。
また、写真に写っている様に、陸軍の43年型野戦服では、脱着式布製カラーを取り付ける為のボタンが襟の裏側に付けられているが、SS の43年型野戦服では省略されている。 脱着式の布製カラーに関しては既に40年型野戦服野戦服のカラー のコン テンツで詳しく紹介しているので興味のある方はそちらを参照されたい。

開襟着用の状態
 
41年型野戦服以降、前面のボタンが5個から6個に増えた為、ボタンの間隔が狭くなり、第一ボタンを外して開襟着用の状態にしても、下 のシャツがあまり見えない様になった。
したがって、熱帯服の様にシャツにネクタイをする事も無く、より実戦的な着用が認められていた。
ただし、記念撮影などの場合は、前線でも第一ボタンを閉めて着用しているケースが多い。
なお、この写真で直線的にカットに変更された、貼り付けポケットの雨蓋が良くわかる。
国家鷲章
 
この野戦服には1939年末から1940年にかけて、野戦服の襟をダークグリーンから服と共生地に変更したのに伴い採用された、フィー ルドグレー地にライトグレーのBEVOタイプの国家鷲章(Hoheitsabzeichen)が付けられている。
また、この国家鷲章の付け方を注意して見て欲しい。上辺をミシンで縫った後に、廻りを手縫いで縫い付けているが、全周をジグザグミシン で縫った物だけでは無く、この様な付け方のバリエーションもあったので、間違っても初付けでは無いから付け変えると言った様な愚行はしないで欲しい。
陸軍兵用襟章(各兵科共通)
 
この服では、1940年末から生産されたフィールドグレー地に、ライトグレーの各兵科共通の新型襟章が付けられている。
襟章の兵科色廃止に関しては、肩章の兵科色が廃止されなかった事を見ても、防諜上の問題では無く生産上の問題である事が理解出来る。通 常襟章は襟のパーツの状態で縫い付けるので、襟章に兵科色があるとその野戦服は他の兵科では襟章を付替えなくては使えなくなってしまうからである。
42年型野戦服以降は、通常殆どこの襟章が付けられているが、外出着などでは旧式の兵科色入り襟章などに付け替えているケースもある。
陸軍砲兵科兵用肩章
 
肩章も野戦服の襟の色の変更に伴い、ダークグリーンからフィールドグレーに変更された。
この肩章は、1941年頃から作られたフィールドグレーのウール生地とレーヨンパイピングで作られている。
写真では若干日焼けしているので服地との色の差がわかりにくくなっているが、下の画像の肩章の裏側の画像を見ると、その色の差が良くわ かる。
肩章の裏側と肩章取り付け部
 
肩章がボタンとループで留める脱着式になっているのは他の年式の野戦服と同じである。
この肩章の裏地は派手に(笑)原反の端などのマークが付いた部分を使用して作られているが、ドイツ軍の兵用肩章は初期からこの様に端切 れを使って作られている。
陸軍上等兵の袖章
(Dienstgradabzeichen ab1942 : Gefreiter)
 
この逆三角形の袖章が上等兵を表す階級章である。巾80mm、高さ70mm、のフィールドグレーのウール生地で作られた逆三角形の台布 に巾9mmのグレーのレーヨンで作られたトレッセ(リボン)を縫い付けた物。この袖章も、初期のダークグリーンの台地にシルバーのトレッセは前線では目立 ちすぎる為、1942年以降使用されたフィールドグレー地にグレーのトレッセを使用したタイプ。
陸軍では二等兵から兵長迄、肩章が同じ物を使用するため、この袖に付ける階級章で階級を識別するようになっていた。
布製脱着式カラー用ボタンと襟の裏地等
 
今回は今までと少し違うアングルの画像も撮ってみた。
この様に撮影すると、一枚の画像で布製カラー取り付け用ボタンの取り付け位置や襟の裏地、また襟の取り付け状態、第一ボタンのホールと の位置関係などがわかると思うのだが如何だろうか?。
また、この服も開襟着用が主だった様で、第一ボタンのフィールドグレーの塗料が他のボタンより綺麗に残っているのが興味深い。
襟の裏地等

この服では襟の裏地に夏用の野戦服や、作業着に使われているヘリンボンのコットン生地が使用されている。
この時期の野戦服の多くは、この様にリードグリーンのヘリンボンのコットン生地が使われているが、使用する材料の種類を極力減らす事も 生産性を向上させる上では効果があったと思われる。
また、この服では襟章の全周がミシンで縫われているが、襟章の付け方にもバリエーションが存在する。

  
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05.Apr.2001 公開
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