このページでは、ドイツ陸軍の36年型野戦服を紹介します。
   
今回は、えっさいさんのコレクションの中から陸軍の36年型野戦服 (Feldbluse36)を紹介します。
    
 
陸軍工兵科上等兵の36年型野戦服

1935年に再軍備を始めた新生ドイツ国防軍では1936年に新型の野戦服を導入した。
フィールドグレーの服にダークグリーンの襟と肩章を付けたこの野戦服は、あの独特な形状のスチールヘルメットとジャックブーツと共に、第二次世界大戦時の ドイツ兵のイメージとして定着しているが、戦争が始まると毎年生産性を向上させる為に野戦服はマイナーチェンジを繰り返していく。

ドイツ人の制服好きは有名であるが、制服に対する思い入れの強さを示す例として、軍では敢えて野戦服に年式の区別をしていなかったにも かかわらず、この36年型野戦服の生産が終了した後に支給された服を、襟やポケットを36年型野戦服の様に改造して着用していた兵士達の写真が多く残って いる事でもわかる。
現在残存する野戦服にもこの様な例が多く見られるので、襟がダークグリーンだから36年型とするのは間違いで、少なくとも襟が初付けで 前のボタンが5個である事は確認する必要がある。
この画像は陸軍工兵科上等兵の36年型野戦服であるが、戦後ロシアの映画会社から放出された物である。
 

陸軍工兵科上等兵の36年型野戦服

後ろから見た36年型野戦服。
 
コットン製の夏服や作業着と異なり、ウール製の野戦服はこの様に背中が1枚の布で作られている。そのため、前後と脇にダーツが取ってあ るのが解る。
また、前面及び脇のダーツはその端部が張り付けポケットで隠れる位置に設けられていて、余計な処理を省ける様に工夫されている。
写真でウエストのあたりに縦に3ツ並んだ穴が見えるが、これはベルトフック金具を出す穴で、前後4カ所に設けられている。実際に4ヶのベルトフック金具を 付けるとかなりの装備を付けていてもウエストベルトを保持する事が出来、歩いたくらいではウエストベルトが落ちる事は無い。
ベルトフック金具の取付に関しては後で詳しく紹介するが、装備はサスペンダーとこのフックでバランス良く装着出来る様になっている。

 
36年型野戦服の内装

内装には内蔵サスペンダーというシステムが採用されており、ベルトフックに掛かる装備の重量を、肩でも支えられる構造になってい る。
裏地はコットン製で、包帯用ポケットも、同じコットン生地で作られている。
袖の中は裏地が無く、作りもかなりゆったりとしている。

裏地自体はあくまで補強を必要とする最低限の部分にのみ付けられていて、特にダーツ部分は糸が擦れてほつれる事が無い様に全て裏地で覆 われている。
防寒に関してはセーター等を下に着る事で調整し、基本的には動き易さを重要視したという事だろう。
 

   
各部のディティール
   
襟のホックを留めた状態

この服は、基本的に第一ボタンを留めて着用する事になっていた為、下襟には「シツケ」は施されていない。
ただし、全く開襟着用が禁止されていたと言う訳では無く、この様に着用するか開襟で着用するかは、各部隊の指揮官の指示に従う事になっ ていた。
なお、この服では襟の内側に脱着式の布製カラー”クラーゲンビンデ”を着ける為のボタン が欠損している。

開襟着用
 
上で、開襟着用に付いて少し触れたが、この服も開襟で着用されていた形跡があり、第一ボタンを外すと画像の様に下襟が自然に開く様に なっている。(1939年版ライベルトには開襟着用の図版が掲載されている) ただし、戦 前の写真では意外と開襟着用の物は少なく、むしろ戦地での写真に開襟着用例が 多く見うけられる。
また1942年以降は野戦服自体が開襟着用を前提にした物になるが、44年型野戦服でも 襟にホックは付けられていた。 (44年末から45年に生産された野戦服に は、この襟のホックが省略されている物もあ る。)
この服の徽章類
 
この36年型野戦服は1939年に製造された物で、36年型野戦服が採用された当初の徽章類とは多少趣が異なっている。
初期に生産された36年型野戦服の多くは一度台布に縫い付けられた襟章を付けており、肩章にも兵科により差はあるが、連隊や大隊番号等 が刺繍され、肩章取り付けボタンにも中隊番号等が入れられていた。こうした徽章類は防諜上好ましくないので戦争が始まると徐々に姿を消すが、この服ではそ う言った部類のパーツは既に交換されている様だ。
国家鷲章
 
この野戦服には2型の将校・下士官用礼服に使用する国家鷲章が付けられている。
これは一般の兵用国家鷲章と異なり、アルミ糸で作られたBevoタイプで、ダークグリーンの台布にミシンで縫い付けられている。
この国家鷲章は野戦服が作られた時点で付けられた物では無いが、元々の所有者が付け替えたのか、後に付け替えられたのかはわからない。
陸軍兵用襟章(工兵科用)
 
この服に付けられている襟章は、1935年9月10日付通達(HV35,Nr505)で採用になった襟章で、それ以前の襟章と比べてセ ンターのラインがダークグリーンに変更された物である。
これは、襟自体の色が濃くなった事に伴う変更であった。
1938年には兵科色の無い各兵科共通の襟章が採用されたが、実際には戦争が始まってからも兵科色入りの襟章は使用され続けていた。
陸軍兵用襟章(工兵科用)
 
この服では、襟章が襟に直付けされているが、中には台布に襟章を付けた物を襟に付けている場合がある。
襟章の上下に黒いラインが入っているが、これが兵科を表しており、黒は工兵である事を示している。
因みに陸軍の兵科色としては歩兵の兵科色はホワイト、砲兵はレッド、騎兵はゴールデンイエロー、通信はレモンイエロー、戦車はピンク、 山岳はグリーン、などと決められており、肩章の縁取りなどにも使用された。
脱着式肩章取付部

脱着式肩章を付ける為のボタンとループ。
野戦服の肩章はこの様にボタンとループを使って取り付けられており、簡単に取り外しが出来る様になっていた。
肩章はこの様に脱着式の物と、服の肩の部分に差し込んで縫い付ける差込式があったが、下士官・兵用の野戦服では脱着式を付ける事を前提 に作られている。

 
角型肩章
 
1934年に服と共生地の角型肩章が採用になったが、1935年9月10日付け通達で肩章はダークグリーンに変更された。
その後1939年3月18日付け通達で角型肩章の生産は禁止され、先端の丸い肩章に更新される事とされたが、実際には古参兵の一部は好 んでこの角型肩章を使用していた。(先端を丸くカットした肩章は1938年11月26日より導入されており、1940年5月からはフィールドグレーに変更 された)
この肩章は兵科を表すカラーパイピングが無い代わりに部隊番号を兵科色の糸で刺繍してある物があった。
 
陸軍上等兵の階級袖章
(Dienstgradabzeichen : Gefreiter)

この逆三角形の袖章が上等兵を表す階級章である。巾80mm、高さ70mm、のフィールドグレーのウール生地で作られた逆三角形 の台布に巾9mmのアルミシルバーの糸で作られたトレッセ(リボン)を縫い付けた物。この袖章は、野戦服の襟がダークグリーンからフィール ドグレーに変更になった事に伴い、1942
年以降にはフィールドグレー地にグレーのトレッセを使用した物に変更された。陸軍では2等兵から伍長勤務上等兵迄、肩章が同じ物を使用するため、この袖に 付ける階級章で階級を識別するようになっていた。

  
続 き を 見 る
  
   
ホームに戻る
資料 館トップへ

本サイトに掲載されている文章及び画像の 無断転載はお断りします。Copyright  2001  STEINER

29.Jan.2001 公開
28.Mar.2001 改 訂
inserted by FC2 system