ここでは武装親衛隊の44年型迷彩服を展示しています。
   
44年型迷彩服

武装親衛隊は、迷彩スモックを世界に先駆け開発支給していたが、通常の野戦服自体 に迷彩を施した形の正式採用品はこの44年型迷彩服からで、1944年3月1日付け規定により1940年より支給されていた、リードグリーンの杉綾織布製 陸軍型夏期野戦服及び迷彩スモックに替わって支給される事になった。
この規定では「Drillichanzug,getarnt:迷彩された杉綾織被服」と されており、徽章は左袖にSS国家鷲章、その5mm下に1943年2月15日制定の袖用階級章を付ける事とされ、従来の襟章・肩章等の着用は禁止された。 しかし、実際にはこの規定はあまり守られて無かったようで、写真などで通常の肩章等の着用例が多く確認出来る。
更に、1944年11月1日付け規定で野戦部隊に対し、1945年3月15日までの冬期 には44年型迷彩服及びツェルトバーンの支給を停止する旨通達された。
これは冬期用の迷彩防寒着を支給する替わりに夏期被服の損耗を防ぐ意図があった様で、 44年型迷彩服及びツェルトバーンを一度軍装支給所で回収し、春に再支給するというものであったが、多くの野戦部隊はこれに応じなかったようだ。
事実、12月のアルデンヌ戦の時点でも迷彩防寒着は極端に不足しており、防寒効果の期待 出来ない44年型迷彩服をウールの野戦服の上に重ね着をしている兵士が多くいた事は良く知られている。

   
44年型迷彩服上着
   
44年式迷彩服正面

44年式迷彩服は、SS用43年式野戦服のデザインを殆どそのまま踏襲した外観になっている。
したがって、この服も開襟着用が基本で、その様にしつけがされているが、勿論第一ボタンを締めて着用出来るようにも作られており、襟に はホックも取り付けられている。ただし、ウールの野戦服とは異なり、背中が2枚剥ぎで作られている他、ベルトフック取付部も両脇2カ所のみとなっている。
使用された迷彩生地は当時の標準的な綿とレーヨンの混紡の杉綾織りの布と更にざっくりした感じの杉綾織り布(この布の迷彩色は若干赤味 をおびている)と綾織りの布(少し厚め)の3種類でそれぞれの違いについては規定された物ではなかった。

この服は最も標準的な杉綾織布製で、ボタン通常の金属製ボタンではなく熱帯用の樹脂製の物が、またSS国家鷲章も熱帯用の Bevoタイプが使用されている。
また、迷彩パターンは大きいドットが現れているが、勿論正面に小さいドットが使用されている服も存在する。
小さいドットに関しては、下の背面の写真と見比べてもらいたい。

44年式迷彩服背面

この服では背中に細かい方の迷彩パターンが使用されている。44年式迷彩服は、ウールの野戦服とは異なり、背中が2枚の布から作 られていて、背中の中心で縫い合わされている。
あとで詳しく紹介するが、この合わせ目は迷彩布の両サイドのエンドテープの部分が使われている為、迷彩パターンは常に両サイドのどちら か、最も大きいパターンか最も小さいパターンが現れる。この様に一面全部が小さいパターンの場合は必ず左右で迷彩パターンが逆さまになっているのはその為 である。
多くの44年式迷彩服は表が大きいパターンなら背中は小さいパターン、また表が小さいパターンなら背中は大きいパターンという作りに なっているが、それも全てこのドットパターンが左右の水平方向に大きいパターンから小さいパターンに流れるように変化している為であり、これは同一パター ンでも出来上がった被服に変化を持たせる為の工夫であったと思われる。

44年式迷彩服の内装

この服は、夏服兼作業着として開発された為、殆ど内装も施されていないが、通常の野戦服同様にベルトフックを取り付ける事が出来 るようになっている。
また、包帯用ポケットも通常通りの位置に取り付けられている。
この服ではカーキ色のコットン生地が内装に使用されているが、多くはグレーや茶系のレーヨンの杉綾織の生地が使用されている。
また、パーツによってはドット迷彩の生地が使われている物もある。

   
ディティール
   
SS国家鷲章

左袖に付けられたSS国家鷲章。ミシンのジグザグ縫いで付けられており、糸は黒糸が使用されている。
この服に付けられている熱帯用のSS国家鷲章に付いては下で詳しく説明する。
この服は迷彩効果を減じない為に通常の徽章類の着用は禁止されていたが、実際には多くの写真で通常の襟章や肩章を付けている兵士を確認 出来る。(本来は迷彩服用の階級章をSS国家鷲章の5mm下に付けることになっていた。)

SS国家鷲章

この服に付けられていた国家鷲章は、1943年(1942年頃とする資料もある。)より使用された熱帯服用の黒地にイエロータン の糸で刺繍されたBevoタイプの物で写真は未使用状態の物。
Bevoタイプの国家鷲章は写真の様に巾5cmのテープ状に作られており、裏側にはRZMの紙製タグが貼り付けられている。(Bevo 及びRZMに関しては当HPの雑記帳の中の「軍装用語集」を参照。)
この44年型迷彩服にはこのタイプ以外に通常の機械刺繍の国家鷲章が付けられているケースも多いが、この熱帯用の物の方が迷彩効果は高 いだろう。
1944年からは、陸軍同様に簡略化された逆三角形の国家鷲章やシルクプリントの物も作られたが着用例は今のところ見た事がない。

ベルトフック取付部と
包帯用ポケット

この服は通常の野戦服のベルトフックが前後2カ所ずつ4カ所あったのに対し両脇の2カ所のみとなっている。(写真左右参照)
ベルトフック取付部の作りはウール製野戦服等と同じ構造になっている。
また、包帯用ポケットは写真右を見れば解るように、通常の野戦服と全く同じように付けられている。

SS-BWとサイズ表示のスタンプ

SS-BWはSS-Bekleidungswerkeの略でSSの被服廠の事を表している。(武装SSの被服等を生産していた部 門で、殆どは強制収容所内に設置されていた。武装SSは軍事組織ではあったが、その被服等は一部の例外を除いて独自の物を使用し続けた。)
サイズ表示は通常の表示方法と同じで、それぞれ44:襟から腰の長さ・42:首まわり・92:胸囲・70:着丈・67:袖丈を示してい る。

センターフックベンツ他

先にも述べた通りこの44年型迷彩服では、背中が2枚剥ぎで作られているが、まつり縫いの工程が不要になる為、また布地を最大限 有効に利用する為に、原反の両脇のエンドテープの部分が縫い合わせてある。これは、背中に現れる迷彩パターンが必ず迷彩生地の両端部になる事を示してお り、極めて興味深い。センターフックベンツは、背中が2枚の布で作られている為、ウールの野戦服より簡単な作りになっている。写真を見ると、背中のセン ターの縫い合わせ部分の両側にダーツがとってあるのが解る。

袖口

袖口も通常の野戦服同様に2ヶのボタンで調整出来る作りになっている。
ボタンはSSの野戦服に多く使われている黒のプラスチック製の物が取付られている。
袖は、SSの43年型野戦服同様、陸軍の野戦服と比べて若干細目に作られており、ウールの野戦服の上に重ね着をする目的で作られたので は無い事が解る。
アルデンヌ戦などでウールの野戦服の上に重ね着をしている兵の写真が多く残っているが、これは軍装規定違反であり、またかなり窮屈だっ たと思われる。

   
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25.Jun.1999 公開
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