ここでは、戦時中のプライヴェート写真を軍装の観点から楽しんでみたいと思っております。
一枚の写真から・プライヴェート フォトを楽しもう!その7
    
 
はじめに
 
今回の一枚の写真からは、滝口さんのコレクションの中から1枚をお借りした。例によって軍装に焦点を絞ってみるが、写真の撮影時期等に 付いては裏側にキャプションはあるものの、判読出来なかった為推測による記述が中心になっている事を御承知おき願いたい。
また、本コンテンツを制作するにあたり、貴重なアイテムを取材させて下さった青木氏に、この場であらためて感謝の意を表します。
    
 
今回のお題
 
戦車兵2名がタバコを吸っている写真だが、左側が将校で、右側は下士官である。
原画を観た印象では、左の将校の略帽は黒いウール地で作られた戦車兵用の物だが、右の下士官の略帽はフィールドグレーの略帽の様に見え る。ちょっと乱暴な推測をすると、撮影時期は1939年のポーランド戦か、1940年の西方戦役ではないか?と思われる。と言うのもPzベレーが不評で、 戦車兵用略帽が採用になったのが1940年3月27日、将校のみが黒の略帽を被っているのに、下士官と言っても上級曹長がまだフィールドグレーの略帽を支 給されていないと言う状況は、この時期なら考えやすいからである。
 
 
この写真の裏側
 
この写真の裏側には画像の様にキャプションが書かれているが・・・(汗)。
上の行は階級・名前と+は戦死と言う事なのか?。
下の行はLt. Schmidt :シュミット少尉。
上の行も判読できる方がいらしたら御教示願えると助かります。
印画紙にプリントされている”Agfa”は現在も存在する有名なメーカーだが、この文字が”Agfa-Brovira”か”Agra- Lupex”となっているのは戦時中の印画紙であるが”Agfa”だけになっていると戦後の印画紙だそうである。
もっともこれは印画紙が古い物であると言う事で、写真自体が古いかどうかは別問題ではあるが・・・(笑)。
 
   
ディティール
   
陸軍Pz将校用略帽
 
この略帽、良く見ると将校を表すトップのシルバーパイピングが、トップの縫い目と別の位置に付けられている。(通常パイピングはトップ の縫い目に付けられている。)国家鷲章はPz用の黒地の物では無く、陸軍のダークグリーン地の物が、国家章は将校用のモール刺繍製の物が付けられている様 だ。士官のフィールドグレーの略帽に関しては、1938年12月6日の通達で新型略帽が採用になり、この時点で多くの戦車将校が非公式に黒の略帽をオー ダーしたので、その頃の物かもしれない。
戦車搭乗服2型
 
この将校が着用している戦車搭乗服は、下襟用のボタンが見える事から、1936年以降に作られた戦車搭乗服2型と思われる。(当初の戦 車搭乗服は下襟は飾りであった。)また、この戦車搭乗服の上襟にはピンクのパイピングで縁取りされており、少なくとも1939年以前に作られた可能性が高 い。資料によってはピンクの上襟の縁取りは1942年に廃止されたとあるが、実際には1939年から縁取りの無い物が作られていた。ただしこの場合は将校 なので、この戦車搭乗服がオーダーメイドである可能性もあるので、参考まで・・・。
戦車搭乗服2型
 
さらにアップで観察すると、この戦車搭乗服に付けられている国家鷲章は、明らかに襟のパイピングより明るく写っており、黒地に白糸で織 られた1935年タイプの国家鷲章の様に見える。(1939年からは黒地にグレーに変更された。)余談だが、戦車搭乗服の襟章は、この将校の服の様に襟の 外側に沿って縫い付けた物、上級曹長の服の様に上襟の下辺に沿って付けた物、上襟の内側に寄せて付けた物等、様々な着用位置があった。また襟章の髑髏は、 襟章を縫いつけた後から付けられていたので、取り付け用のピンは襟の裏側まで貫通して折り曲げられている。
陸軍下士官・兵用略帽
 
前述の様に、もしもこれがフィールドグレーの陸軍用34年型略帽であるとすれば、1939年のポーランド戦以降、1940年の中頃まで の可能性が高い。Pzベレーは保護帽を兼ねていたが、パットが入っていた為に大きく、さらに車内通話装置を付けづらいと言う欠点があった為、実戦では不人 気で,ポーランド戦と西方戦役では多くの兵士が禁止命令を無視してフィールドグレーの略帽を着用していた。通常は下士官は兵よりも早く新型装備を支給され る事が多いので、上述の様な仮説をたててみた。
戦車搭乗服2型
 
この上級曹長が着用している戦車搭乗服も上襟にピンクの縁取りが無い事、下襟にボタンホールがある事から、1939年以降に作られた戦 車搭乗服2型である。将校の戦車搭乗服のところでも書いたが、襟章の付け方の違いが面白い。また2人共戦車搭乗服の下のシャツに規定通りにネクタイを着用 しているのも興味深い。これも余談だが、略帽の兵科色の山形は1942年7月に廃止されたが、守らなかった将兵が多かった。
タバコ
 
右側の上級曹長のタバコには既に火が付いている様で、左の将校に火を付けて貰った後、将校本人も今まさに自分のタバコに火を付けようと している瞬間と言ったところか・・・。この将校が自分が信頼する下士官に打ち合せ前にタバコを振舞ったのかもしれない。この2人が吸っているタバコを良く 観ると、タバコの断面が楕円形に巻かれた両切りのトルコ葉のタバコの様である。これについてはこのHPの「資料館」内「小物と生活雑貨」に関連コンテンツ として「戦記・新聞とたばこ」が アップされているので興味のある方はそちらを参照して頂きたい。
参考資料
資料について
 

 
陸軍略帽用国家鷲章
 
1935年10月30日付け通達により導入されたBEVOタイプの陸軍下士官・兵用略帽用国家鷲章。
これは採用当初の国家鷲章で、この後にベージュ地に白糸で織られた物が作られた。
 
陸軍略帽用国家鷲章
 
1937年6月19日付け通達により導入されたBEVOタイプの陸軍下士官・兵用略帽用国家鷲章。
これは一般的なダークグリーン地に白糸で織られた物だが、戦車兵の黒の略帽に付けられている例も散見される。
 
 

 
陸軍略帽用国家鷲章
 
1939年に導入されたダークグリーン地にライトグレーの糸で織られたBEVOタイプの陸軍下士官・兵用略帽に使用する国家鷲章。
 

 
陸軍略帽用国家鷲章
 
1940年6月4日付け通達によりに導入されたフィールドグレー地にライトグレーの糸で織られたBEVOタイプの陸軍下士官・兵用略帽 に使用する国家鷲章。
これは通常フィールドグレー地の略帽に使用される。
 
陸軍Pz略帽用国家鷲章
 
黒地に白糸で織られたBEVOタイプのPz略帽用国家鷲章。
これはPzの下士官・兵用の国家鷲章でPzベレーにも使用されていた。
1940年3月27日付け通達により、黒の下士官・兵用略帽にも付けられる様になったが、間もなく黒地にグレーの糸で織られた物に変更 された。
 
 
陸軍Pz略帽用国家鷲章
 
黒地にライトグレーの糸で織られたBEVOタイプのPz略帽用国家鷲章。
これもPzの下士官・兵用の国家鷲章であるが、上述の様に戦車兵が付ける国家鷲章としては、もっともポピュラーなタイプと言える。
 
 
陸軍Pz略帽用国家鷲章

これはBEVOタイプの戦車将校略帽用国家鷲章で、黒地にアルミシルバーの糸で織られている。
これは1940年3月27日付け通達で採用になった物で、同様にVEVOタイプの物、若しくはフェルト地にモール刺繍されたロゼット章 と共に使用された。
 

陸軍略帽用国家章(ロゼット章)
 
これは国旗をデザイン化した物で略帽正面の国家鷲章の下に付けられていた。
左から陸軍下士官・兵用の35年タイプ・40年タイプ・Pz用で、将校用にはモール刺繍タイプが作られていた。

青木氏コレクション
 
陸軍戦車搭乗服用国家鷲章
 
これは最初に作られたBRVOタイプの陸軍下士官・兵用戦車搭乗服用国家鷲章で、1935年11月11日付け通達で導入された。
この鷲章は全体的に細いデザインが特徴で、36年まで生産された。
 
 
陸軍戦車搭乗服用国家鷲章
 
これもBRVOタイプの陸軍下士官・兵用戦車搭乗服用国家鷲章で、1936年タイプといわれている物。
この鷲章は黒地に白糸で織られている。
 
 
陸軍戦車搭乗服用国家鷲章
 
これは1939年から作られた、黒地にライトグレーの糸で織った物。
 
  
   
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17.Nov.2000 公開
25.Jun.2000 更新
05.Aug.2002 更新
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