ここではWAFFEN−SSのヘッドギアを展示していま す。
   
WAFFEN−SSのヘッドギア
 
武装親衛隊のヘッドギアは設立以来殆ど毎年更新され、戦前のタイプも含めるとそれだけで 一冊の本になるくらいの種類が存在します。今回はその数あるバリエーションの中から、戦時中使用されたタイプを中心にその一部を紹介します。
   
スチールヘルメット
   
M16/18スチールヘルメット

ドイツ軍のトレードマークと言っても過言では無いブリムヘルメットの原型が、この M16スチールヘルメットです。武装親衛隊でも1933年LSSAHの前身、党幹部護衛隊の時点でこのヘルメットを採用、単に黒に塗装されただけで徽章類 は付いていませんでしたが、武装親衛隊が採用した最初の軍用ヘッドギアです。後に手描きの徽章やデカールが採用され、RZMの軽量ヘルメット(パレード・ 警護用)やM35ヘルメットが採用になった後も使用され続けました。 
(注・写真は武装親衛隊の物ではありません)

SSダブルデカールM35スチールヘルメット

1935年の終わり頃この新型軽量陸軍型ヘルメットが支給されました。デカールも 同年8月に採用された統一規格の物で転写式になっています。 
材質はモリブデン鋼、シェルのサイズは60cmから2cmおきに70cmまで、ライナー は52cmから1cmおきに63cmまで作られていました。 
この写真のヘルメットのシェルはEisen-und Huttenwerke株式会社製、サイズは66cm・M31ライナーは BRAUNSCHWEIGのSchuberth-Werk製でサイズ58cm 
SSのデカールは初期型が付けられています。

SSシングルデカールM40スチールヘルメット

M35スチールヘルメットの生産性を向上させる為に、1940年3月26日より新 型ヘルメットが採用されました。外見上はデカールの上の通気孔がM35では別部品であったのが、プレスの一体成形に変わっている事だけですが、材質もモリ ブデン鋼からマンガン・シリコン鋼に変更されています。
このヘルメットのデカールは初期型のSSの物が付けられていますが、反対側の国家章は 1940年3月21日に廃止された為ありません。 
なお、この軍種別のデカールも1943年8月28日には廃止されてしまいます。

SSシングルデカールM42スチールヘルメット

1942年ヘルメットの縁を内側に折り曲げる工程をやめ、省力化したM42スチー ルヘルメットが採用されました。このヘルメットの塗装は陸軍のブラックグリーンよりややグレーの強いSSグレーで、表面のみ砂状の物を混ぜたラフテクス チャーになっています。 
シェルはEmaillier werk,AG Fulda製、サイズ64cm・M31ライナーは B&C Litzmannstadt製、サイズ57cmで1943年製造の物です。 
シェルは多少へこみもありますが、ペイントも90%は残っていて、後期型デカールもほぼ 完全に残っています。

SSカモフラージュヘルメットカバー・2型

春夏期用パターン側を装着した状態を示しています。2型は偽装用のループが付けら れたタイプで、1942年頃から支給されました。 
迷彩パターンはオークリーフのバリエーションでコレクターの間でFと分類されている物で す。 
装着は両サイドと後ろに取り付けられたフックと「つば」の部分の折り返しをヘルメットに 引っかけるだけで簡単に脱着する事が出来ます。
生地はツェルトバーンやスモックに使用された物と同じ帆布で、濡れると糸が膨らみ水を中 に通しにくくしますが、かなりゴワゴワするのと、色もかなり黒っぽくなる欠点もあります。

SSカモフラージュヘルメットカバー・2型

リバーシブルの秋期用パターン側を装着した状態を示しています。 
他の多くのSS迷彩被服類同様、こちら側はウラ側の作りになっています。したがって下の 縁取り部分に春夏期のパターンが少し見えている他、フックに取り付けられているスプリングのカバーも別のパターンの生地が縫いつけられているのがわかりま す。
左下の写真は裏返した状態を示しています。ヘルメットはM35で縁を内側へ折り返してあ るのが特長です。

M35ヘルメットの裏側
M42ヘルメットの裏側
   
制  帽
   
SS下士官・兵用制帽

1939年に採用されたフェルトグラウ(フィールドグレー)の下士官・兵用制帽。
ブラックユニフォームが外出用としても着用されなくなって、新たにフィールドグレーの制 帽を購入する事が認められる様になりました。 
帽章はSS国家鷲章・ドクロ・共にアルミ製。 
鉢巻きの部分は、黒のフェルトが使用されていて、白の兵科パイピングはウール製、チンス トラップは黒の制帽同様の革製の物が使われています。
 
Pucki 氏コレクション

SS将校用制帽

1937年に採用されたフェルトグラウ(フィールドグレー)の 将校用制帽。同年、武装親衛隊全兵科に新型のフェルトグラウの野戦服が支給され、それに伴いヘッドギアもそれまでのアースグレーやアースブラウンから フィールドグレーの物に更新されました。 
帽章はSS国家鷲章・ドクロ・共にアルミ製。 
鉢巻きの部分は、黒のベルベットが使用されていて、白の兵科パイピングはウール製、将校 用チンコードはアルミ糸製が付けられています。 
チンコードは後にレーヨン製の物も作られました。

   
略帽・規格帽・迷彩帽
   
34年型野戦帽

34年型と言っても、1936年より作られた外出用の黒服にあわせて作られた物 で、帽子の内装にフェルトミュッツェ(野戦帽)とありますが、旧型略帽の方がなじみやすいでしょう。
34年型は当初アースグレーの生地で生産され、軍事訓練時の着用を目的としていたため、 名称のみが残ったものと思われます。また、この帽子にはその外観からSchiffchen(小船の意)のニックネームが付けられました。
左側面の帽章は1936年型でこのタイプの中では後期型になりますが、翌37年には フィールドグレーの略帽に更新されたため着用期間は短かったと思われます。例外としては、末期の戦車兵達が着用している写真が残っています。

 
37年型野戦帽
 
1937年に採用されたフェルトグラウ(フィールドグレー)の下士官・兵用野戦帽。
同年、武装親衛隊全兵科に新型のフェルトグラウの野戦服が支給され、それに伴いヘッドギ アもそれまでのアースグレーやアースブラウンからフィールドグレーの物に更新されました。 
形は34年型野戦帽を踏襲した物で、SS-VT等では兵科色の山形(ソータッシェ)が付 けられた物も生産されました。
後で紹介する40年型野戦帽が採用された後にも使用は続けられ、1941年の対ソ戦等で も使用されている写真が残っています。
 
石村氏コレクション
 
38年型野戦帽

1938年に下士官用野戦帽として登場した(資料によっては36年)制帽に似た形 の略帽で本来はつばも布製、制帽と違って形を整える為のワイヤーは無く雑ノウなどに入れて携行出来るようになっていたため「クラシュキャプ」というニック ネームで親しまれました。 
この略帽は非常に人気が高く、中には下士官用制帽のチンストラップとワイヤーを外して着 用した者までいました。多くの将校がテーラーメードで作って着用していた為バリエーションも多く存在します。
この写真の物もつばが革製で鉢巻き部分もベルベットで作られた非公式タイプです。

40年型下士官・兵用略帽

1940年の10月から変更された新型略帽で、終戦まで着用されたタイプです。デ ザインは空軍の略帽に準じていて、流線型のスマートな仕上がりになっています。 この写真の略帽は後期の物で、兵科を示す山形のテープは付けられていません。また、使用されているウール地も1943年以降に多用された生地で、色も少し 茶の強いフィールドグレーになっています。 
帽章はBEVOタイプと呼ばれる機械織りの物が付いています。

39年型将校用略帽

当初武装親衛隊の将校には規格の略帽がなっかたため、陸軍のM38略帽の流用も多 く見られましたが1939年12月、この新型略帽の登場でそれらの問題は解消しました。 
上の40年型下士官・兵用略帽と基本的なデザインは同じですが、折り返し部に将校を示す シルバーのパイピングが縫いつけられているほか、帽章もシルバーのBEVO製になっています。 
また、生地も下士官・兵用にくらべかなり上等な物が使用されています。

40年型機甲科下士官・兵用略帽

機甲科では、初期において先の34年型略帽の着用例も見られましたが、1940年 10月に、この新型略帽が制定され、更新されました。 
この略帽も1942年9月までは、機甲科を示すピンクの兵科色の山形が採用されていまし たが、写真の帽子は後期の物で既に兵科色は付けられていません。
また、正面のドクロの徽章もいくつか存在するバリエーションの一つですが、サイズの大き い方なので、兵科色が廃止された以降に採用になった物と思われます。

43年型下士官・兵用規格帽

戦局がいよいよ悪化してきた1943年になって、全軍統一規格の被服類が採用され た中の一つがこの規格帽です。
ただし実際には当初よりかなりの種類のバリエーションが存在していました。 デザインは先に採用になった、山岳帽に似ていますが、両方とも昔からあったスキー帽が元になっています。 
この写真の規格帽のSS国家鷲章は制服用の物が付けられています。

43年型将校用規格帽
 
規格帽の採用は、前線で山岳帽の優秀性が立証されたことが、大きな理由になっています が、規格帽の方が、つばが長く、頂部は逆に低くなっているのが識別点となっています。 
規格帽でも、将校用には写真のように頂部にシルバーのパイピングが付けられています。た だしこの写真の帽子は将校用だからといって高級な生地では作られていません。 また、後期になると正面の金属ボタンがプラスチックの物に変わったり、ボタンが1ヶの物も作られました。
43年型機甲科下士官・兵用規格帽

統一規格と言っても機甲科では制服にあわせ、黒のウール製規格帽が支給されまし た。この写真の規格帽には、逆台形のウール地にSS国家国家鷲章とドクロを機械刺繍した、簡易型の帽章が付けられています。 この一体型の帽章はBEVOタイプも作られ、共に黒地とフィールドグレー地がありますが、1944年の中期以降の物に付けられたようです。 
機甲科でも他の兵科同様に、後期にはボタンがプラスチック製の物や、1ケボタンのタイプ が支給されました。

44年型将校用規格帽

規格帽も末期には更に生地を節約した簡略型が作られました。
この写真の将校用規格帽は典型的な末期生産タイプで、青味の強いイタリア製のウール生地 で作られていますが、良く見ると3種類の生地が使われており、前のプラスチック製ボタンも1ヶになっている他、記章も略帽用のBEVOタイプの下士官・兵 用の物が付けられており、如何にも末期的な雰囲気を持っています。

迷彩帽

1942年6月にSSは迷彩帽を採用しました。 
同年12月には、この迷彩帽用にグリーンとブラウンの帽章も制定されましたが、わずか2 週間足らずで廃止され、規定により取り外す事とされました。 
この写真の迷彩帽は初期のプレーンツリーパターンの迷彩生地で作られています。ヘルメッ トカバー同様リバーシブルで、春夏期用を表にした状態です。
側面の通気穴の周りのミシンの糸が前後でつながっているのに注意。

迷彩帽
 
上の帽子の秋期側を表にした写真です。 
この写真を見ても春秋期用が表で、秋期側が裏の作りになっているのがわかります。  
パターンとして春夏期の方が長期間使用したためと、サイズリボン兼汗止めと思われるパー ツは、やはり夏期に必要だった為でしょう。 
迷彩スモックとこの迷彩帽は野戦用迷彩被服の先駆け的存在で、パターンなどは現在でも古 さを感じさせない優れた物です。
   
山岳帽・防寒帽
   
下士官・兵用山岳帽

1940年、当時編制されたばかりのSS山岳部隊に山岳帽が支給されました。 形はM34略帽にツバを付けたような形で、折り返しの裏に毛布地を付けたり、内装の綿くずを入れた防寒タイプも作られました。 
写真の帽子の帽章は逆台形の簡易タイプですが、初期にはBEVOの略帽帽章や金属製の帽 章が使われていました。左側面のエーデルワイス章は、黒のウール地に機械刺繍されたSS独自の物です。記録写真などでは陸軍の金属製エーデルワイス章の着 用例も確認出来ます。

防寒帽

東部戦線の経験から慌てて導入した防寒衣料の一つで、これもまたかなりのバリエー ションがあります。
1941年の東部戦線のドイツ軍は冬期戦の準備も殆ど無いままロシアの冬将軍の猛威にさ らされ、制式・非制式は関係なく、ソ連軍からの鹵獲品も含め様々な防寒具が使用されました。
写真の防寒帽はウサギの毛皮が使用されていて、その耳あては、頂部でボタン止めするよう になっています。また、内装には綿くずの入った一般的な防寒帽の一つで、正面にはアルミ製の帽章が付けられています。

   
   
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本サイトに掲載されている文章及び画像の無断転載はお断りします。Copyright  1998  STEINER

12.Nov.1998   公開
09.Apr.1999 更新
22.Aug.2001 更新

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