このページでは、ライプシュタンダンルテSSアドルフヒトラーの徽章を紹介します。

   

はじめに

今回は、武装SSのエリート部隊”ライプシュタンダンルテSSアドルフヒトラー”の徽章を紹介する。
本コンテンツを制作するにあたり、貴重なコレクションを取材させて下さった、珍品堂の石村氏・軍装品店クラウゼのオーナー山下氏にこの場で感謝の意を表します。

   



 石村氏コレクション

カフタイトル(アームバンド)
:”Ärmelbänd”oder” Ärmelstreifen”

このLAHのカフタイトルの様に、部隊名を記した物を付ける事は名誉であり、訓練前の兵には付ける事が許されていなかった。したがって、これらのカフタイトルは部隊で付けられたと言われている。(訓練終了後にカフタイトル付きの被服が支給されるので、製造段階で付けたとする説もある。)また、名誉を損なう様な行為が行なわれた場合には、カフタイトルを剥奪される事があった。

通常カフタイトルは、右袖の下から15cmの位置に付ける事とされていたが、当時の写真 を見ると必ずしも正確には守られてはいなかった。
写真は、服からはぎ取られた、下士官・兵用の機械刺繍(RZM)タイプのカフタイトルである。



 石村氏コレクション

裏面

上の画像のカフタイトルの裏面である。このカフタイトルは、実際に着用されていた物のため、少しわかりにくいが、表面の文字はシルバーグレーの糸で刺繍されていて、裏糸には薄い茶系の糸が使われている。

 取材協力:クラウゼ

機械刺繍 (RZM)タイプの下士官・兵用カフタイトル
上の2枚の画像は、同一メーカーで生産された、RZMタイプのLAHのカフタイトルである。
この2本のカフタイトルの裏面に貼られている、RZMの紙タグのHersteller:生産者Noが128である事が、2本のカフタイトルが同一メーカーで生産された事を示している。
これらは、2ndタイプとされるカフタイトルで、1934年5月5日に導入された1stタイプのカフタイトルに刺繍されていた文字は、筆記体では無くゴシック体であった。




BEVOタイプの 下士官・兵用カフタイトル
SSのカフタイトルにBEVOタイプが導入されたのは、1943年以降とされている。
デザインはRZMタイプのLAHのカフタイトルを踏襲した物で、BEVO社製のカフタイトル裏面端部には、BEVO-WUPPERTALの文字が織り込まれている。


将校用手刺繍 (RZM)タイプのカフタイトル
画像は将校用のRZMタイプのLAHのカフタイトルである。
このタイプのカフタイトルの文字は、アルミモールの手刺繍で作られていた。カフタイトルの裏面を見ると、文字の部分の裏側には薄い黒色の紙が貼られている。これは同様に、紙では無くて薄い黒の綿布が貼られているタイプもあるので、手刺繍を施す際に布製のバンドが変形し、仕上がりに影響する事を防ぐ為の物であると思われる。

 取材協力:クラウゼ

将校用手刺繍 (RZM)タイプのカフタイトル
将校用RZMタイプのLAHのカフタイトルは、前述の様に手刺繍で作られていたため、その仕上がりには上の画像の様に若干の個体差がみられる。




 取材協力:クラウゼ
LAH初期の国家鷲章

1935年の中頃に登場した、SSVT用のI型野戦被服鷲章で、上のモール刺繍製が将校用、下のウール地に機械刺繍で作られた物は下士官・兵用である。

この鷲章の制定は1936年3月であった。

前述の様にこの鷲章は、武装SSの前身となったSSVTの被服に付けられた物で、LAH用に作られた訳ではない。

デザインは国防軍の国家鷲章と異なるが、SSは正規軍では無いため、国防軍の国家鷲章を使用する事ができず、ドイツ国鉄用の物であった鷲章を流用したためであったと言われている。

SSの黒服にはドイツ国旗を模した、赤地に白丸、白丸の中に黒のスワスチカを配した腕章が付けられており、SSの戦闘部隊はこの腕章の上下に黒い線を付けた物が使用されていた。
 取材協力:クラウゼ
下士官・兵用国家鷲章

比較的初期(1936〜37年頃)から見られる刺繍タイプのII型のSS下士官・兵用国家鷲章。

この国家鷲章は、黒のウール台布に、レーヨンの白糸で刺繍されている。

SSの国家鷲章にも多くのバリエーションが存在するが、刺繍タイプの他にBEVOタイプも作られていた。
 取材協力:クラウゼ
下士官・兵用国家鷲章

機械刺繍II型のバリエーション。

黒のウール台布に、レーヨンのライトグレーの糸で刺繍されたSS用の国家鷲章。

胴体の太さや羽の形状も異なるが、この刺繍タイプII型はバリエーションが多く存在する。

 取材協力:クラウゼ
 
下士官・兵用国家鷲章(BEVOタイプ)

画像上は1939年頃に登場した、BEVOタイプの下士官・兵用鷲章。
黒地にライトグレーの織り出しで、将校用にはシルバーの糸が使われていた。

画像下は1942年頃に登場した熱帯服用、BEVOタイプの下士官・兵用鷲章。

このSS用国家鷲章は、黒の台布にイエロータン色のレーヨン糸で織り出されているが、熱帯服以外に44年型迷彩服にも付けられていた。


未使用のBEVOタイプのSS用国家鷲章には、裏側にRZMの紙タグが貼られている。

未使用品については、44年型迷彩服のコンテンツで紹介しているので、興味のある方はどうぞ。
 

 取材協力:クラウゼ
 
将校用国家鷲章

モール手刺繍製のSS将校用鷲章。

この将校用のSS用国家鷲章II型も、下士官・兵用の物と同時期に導入された。

黒のウールもしくはベルベット地に、アルミ糸で刺繍された国家鷲章は、立体感があり、下士官・兵用の物よりもかなり高級感がある。


 取材協力:クラウゼ


ゼップ・ディートリヒ用国家鷲章

LAH師団長だったゼップ・ディートリッヒは、時期や服によって、陸軍型の国家鷲章や通常のSS将校用国家鷲章を付けていたり、この画像の様な特殊な国家鷲章を付けていた事で有名である。

この金モール刺繍の国家鷲章は、1944年のノルマンディー戦の頃にゼップが着用していた、襟章の付いていない開襟の服に付けられていた物等と、同じタイプの物と思われる。

 石村氏コレクション
兵用肩章(4型)

この服に付けられいる肩章は、ダークグリーン地にLAHの刺繍が施された物で、非常にレアなアイテムである。

LAHの肩章は最初に採用された1型が白の縁取り付きの角型肩章で、2番目に採用された物はラウンドタイプになったが、この2型では肩章の縁取りは黒と白のより紐が使われていた。

その後採用された3型は縁取りの無い角型肩章で、この服に付けられている肩章は4型と言う事になる。

この肩章は、1938年末から1939年初頭にかけて導入されたと思われるが、1939年12月にはLAHの文字が小さく、フォントも異なる新型肩章が導入された。
 石村氏コレクション

兵用肩章(4型)

この4型と言われる肩章は、SSの肩章にも関わらず肩章本体が、36年型野戦服の襟と同じダークグリーン地で、裏面にも34年型野戦服の襟に使用された、モスグリーンの徽章用生地(ウール)が使用されている。
この肩章の兵科色はライトブルーで、


 取材協力:クラウゼ
LAHの初期型モノグラム

このモノグラムは武装SSの前身、SS-VTが編制された頃にLAHで使用されていた物。

兵用肩章では、この組み文字は肩章に直に刺繍されているが、将校はこのモノグラムを付けていた。

下士官に関しては、当時の資料や鮮明な写真等が確認されていないので、詳細はわからない。

なお、後期型ではもっと角張った組み文字が採用されており、下士官用のシルバーの物と、将校用のゴールドの物が作られていた。
下士官・兵用スリップオンタブ

SS歩兵科兵卒用の1942年型肩章と、LAHのスリップオンタブ。LAHの組み文字は初期においては肩章に直に刺繍されていたが、防諜上の理由で脱着式の物が採用されたと言われている。しかし、実際には袖のカフタイトルでも部隊を特定できるので、脱着式にしても意味は無く、おそらく生産性が理由であったと思われる。 事実写真で見る限り、末期においても多くの兵は、前線でこのスリップオンタブを誇らしげに着けていた。

LAHのスリップオンタブ

スリップオンタブは画像の様に黒のウール地にシルバーグレーの糸でLAHの組み文字が刺繍してあり、上下の切断面はジグザグミシンでまつってある。

画像は2種類のスリップオンタブを写した物であるが、バリエーションと言う程の違いは無い。

下士官用モノグラム

これはシルバー製のLAHの組み文字のモノグラムで、礼服や外出着等に使用された物。

野戦服の場合は通常アルミ製のモノグラムが付けられていた。

画像は装甲科のSS Scharfuhrer:SS小隊指揮官 (SS軍曹)の肩章に付けられたモノグラム。
下士官用モノグラム

下士官・兵用モノグラムのクローズアップ。

画像左が表面で、右は裏面である。

画像で解るように、モノグラム本体はプレス成形で、肩章への取り付けは裏面に付けられた爪を、肩章に刺してから折り曲げる。
 

 取材協力:クラウゼ
将校用モノグラム

SS Hauptsturmfuhrer:SS高級中隊指揮官 (SS大尉)の肩章に付けられた、LAHの将校用モノグラム。

この肩章もパイピングの兵科色で分かるように、装甲科の物である。

 取材協力:クラウゼ
将校用モノグラム

上の肩章のモノグラムのクローズアップ。

プレス成形で作られたモノグラムは、画像の様に厚みがあり、側面形状は台形になっている。

これは、プレス成型時の抜けやすさより、見た目の立体感を重視したものと思われる。
将校用モノグラム

将校用モノグラムのクローズアップ。

将校用モノグラムは、下士官・兵用モノグラムと形状は同じであるが、材質が異なり真鍮製である。

サイズは、高さ:26.6mm、幅:21.8mm、厚み3.4mm
 取材協力:クラウゼ
LAH用襟章

1934年10月24日に導入され、1940年に廃止されたこの襟章は、黒と銀の縁取りでも判るように、本来LAHの黒服用に作られた襟章である。

当初、SS-VT部隊の襟章には連隊番号が入っており、このルーン文字のSSが刺繍された襟章はLAH用の襟章であった。

また、当時の写真で見ると、この襟章をフィールドグレーの野戦服等に着用されている例が確認出来る。

下士官・兵用襟章

これは、一般的なSSの下士官・兵用襟章で、黒のウール台布にレーヨン糸で、SSのルーン文字が機械刺繍されたものである。

芯には、麻を膠で固めた物が使用されていて、未使用品の裏側には、RZMの紙タグが貼られている物がある。

襟章のSSは本来LAHのみに使用が認められていたが、後にSSVTにも使用される様になり、最終的にはドイツ系の武装親衛隊に着用されたが、いわゆる一般SS:アルゲマイネSSに使用される事は無かった。
下士官・兵用襟章

1943年頃に導入されたと言われる、BEVOタイプの下士官・兵用襟章。

レーヨン糸の織り出しで作られており、中には白い布固めた芯材が入れられている。
 取材協力:クラウゼ

 取材協力:クラウゼ

LAH用初期型将校用襟章

LAH用の初期型将校用襟章は、上の画像の様に黒のウール台布にアルミ糸で、ルーン文字のSSが手刺繍されているが、一般的なSS将校用襟章に比べると、明らかにSSの文字が小さい事が特徴である。

画像上の右に写っているのは一般的なSS将校用の階級襟章で、SS Hauptsturmführer:SS高級中隊指揮官 (SS大尉)のもの。

画像左は上のLAH用初期型将校用襟章の裏面。
裏面にはRZMとSSのマークの他に、製造年とメーカーコードのタグが付けられている。

一般的な武装SS将校用襟章

画像左は、武装SSのドイツ人系部隊で、一般的に使用された将校用襟章。ウール台布にアルミ糸で、ルーン文字のSSが手刺繍されている。

右は階級襟章で、SS Obersturmbannführer :SS上級大隊指揮官 (SS中佐)のもの。
 
  


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30.Jun.2012 公開
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