このページでは、ドイツ陸軍の国家鷲章を紹 介します。
   
はじめに
 
このコンテンツでは陸軍の国家鷲章(Hoheitsabzeichen)を紹介する。 1933年にNSDAPが政権を取り、1934年から国防軍の制服に国家鷲章が付けられる様になったが、制服用だけでも実に様々なバリエーションが存在す る。
今回はその様なバリエーションの中から代表的な物をピックアップしてみたが、本コンテン ツを製作するにあたり、貴重なアイテムを提供して下さったPucki氏、えっさい氏、軍装品店クラウゼの山下氏に、この場で感謝の意を表します。
   
下士官・兵用国家鷲章
  
 
刺繍タイプの下士官・兵用国家鷲章
 
ライヒスヴェーアからヴェーアマハトになって、国家鷲章の下にハーケンクロイツが付くようになってから、様々なパターンの物が作られた が、これもその中の一つ。刺繍タイプは主にダークグリーンのウール地に刺繍されており、初期の服に多く付けられた他、ダークグリーンの襟に改造された勤務 服等に好んで付ける兵士もいた。この鷲章は初期のデザインで、胴の細いタイプである。
 
刺繍タイプの下士官・兵用国家鷲章
 
刺繍タイプぼ国家鷲章には実に多くのバリエーションが存在するが、これもそのバリエーションの一つ。
 
上の鷲章と比べると、羽や冠の柄がはっきりしている他、胴が太いのが特徴である。
BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章
 
1934年採用の1stタイプのBEVO製国家鷲章。
 
画像は略帽用帽章である。
このタイプの他にライトグレー地にオフホワイトの糸で織られた物も作られていた。
 
Pucki氏コレクション
 
BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章

1935年タイプの国家鷲章で、ダークグリーン地にオフホワイトの糸で織られている。
 
戦争が始まると、白の徽章類は目立ち過ぎるので、白糸はライトグレーに変更された。

 
BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章

1935年タイプの国家鷲章で、ダークグリーン地にライトグレーの糸で織られている。
 
ポーランド戦の戦訓より採用された新型国家鷲章。

 
BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章
 
1939年から1940年にかけて、野戦服の襟がダークグリーンからフィールドグレーに変更されたのに伴い、国家鷲章もフィールドグ レー地にライトグレーの糸で作られる様になった。
 
ただし国家鷲章も在庫が使われたので、1942年頃迄に生産された野戦服には、35年型国家鷲章が混在している。
 
 
BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章
 
1944年採用の簡略化タイプで、写真の様に逆三角形に折った状態で野戦服に縫いつける。
 
基本的には上の写真の物と同じデザインと色で作られているが、鷲の形に切らずに済むようにベースの部分が逆三角形に変更されている。主 に44年型統一規格野戦服に付けられた。
  
将校用国家鷲章
  
 
陸軍将校用モール手刺繍製国家鷲章
 
これはアルミモール手刺繍の高級品で、各テーラーに注文して付けられたタイプ。
これら手刺繍の国家鷲章には、大きさに関する規定がったが、細かい作り等には多くのバリ エーションがあった。
 
Pucki氏コレクション
 
 
陸軍将校用モール手刺繍製国家鷲章
 
これもアルミモール手刺繍の国家鷲章である。
前述の大きさに関する規定では巾が83mm〜92mm、高さは36mm〜39mmとされ ていた。
これらの国家鷲章は、ボール紙製の型紙を芯にして刺繍されている。
 
Pucki氏コレクション
 
 
陸軍将校用モール手刺繍製国家鷲章
 
アルミモール手刺繍の国家鷲章のバリエーション。
ここまでのモール手刺繍製国家鷲章は、羽の上辺に縁取りのモールが付けられているタイプ であるが、細部のモールの種類や作りは各々異なっている。
 
Pucki氏コレクション
 
 
陸軍将校用モール手刺繍製国家鷲章
 
アルミモール手刺繍の国家鷲章のバリエーション。
これは羽の上に縁取りが付けられていないタイプである。
これら手刺繍品は非常に高価だったので、経済的に余裕の無い場合にはBEVOタイプの国 家鷲章が購入使用された。
 
Pucki氏コレクション
 
 
陸軍将校用BEVOタイプ国家鷲章

1935年タイプのBEVO製将校用国家鷲章で、ダークグリーン地にアルミシルバーの糸で織られている。
このタイプの前に胴の細い初期型も作られていた。
将校用と言っても、下士官の使用例もあり、中には私費購入した外出着に付けていた兵もいた。
 
尚、将官用には金糸を使った物も作られていた。
 

 
陸軍将官用モール手刺繍製国家鷲章
 
将官用の国家鷲章はダークグリーンベースに金色で、手刺繍で作られており、材質や作りも様々であった。
金モール又はゴールデンイエローのcelleon:(ツェロンと言う化繊)糸を使用し、ボール紙の芯を入れて作られていた。
金モールはこの画像の物の様に、銅線等に金メッキを施したもので、経年変化で変色する事もある。
 
Pucki氏コレクション
 
 
陸軍将官用モール手刺繍製国家鷲章
 
これも陸軍将官用国家鷲章であるが、経年変化で変色しないツェロンを使って作られたタイプ。
資料によってはツェロン製国家鷲章を末期型としている物もあるが、海軍等では当初からツェロン製の物が作られていて一概に末期型とする のは疑問がある。
 
協力 クラウゼ
 
  
熱帯服用国家鷲章
  
 
BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章
 
アフリカ軍団を含む、熱帯服用に作られた国家鷲章。オリーブ地にライトブルーグレーの糸で織り出されている。
 
協力 クラウゼ
BEVOタイプの将校用国家鷲章
 
アフリカ軍団を含む、熱帯服用に作られた国家鷲章。
オリーブ地にアルミシルバーの糸で織り出されており、厚手のコットン台布に縫い付けられている。
 
協力 クラウゼ
  
礼服用国家鷲章
  
 
BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章

1934年タイプの国家鷲章で、ライトグレー地にアルミシルバーの糸で織られている。
 
鷲の胴がやハーケンクロイツが細い事の他、鷲の頭が角張っているのが特徴である。

BEVOタイプの下士官・兵用国家鷲章

1934年タイプの国家鷲章で、ライトベージュ地にアルミシルバーの糸で織られている。
 
鷲の胴がやハーケンクロイツが細いのが特徴である。
 
えっさい氏コレクション

   
戦車搭乗服用国家鷲章
   
 
BEVOタイプの国家鷲章
 
1936年に採用されたBEVOタイプの国家鷲章。
 
黒地に白の糸で織り出された初期のタイプ。
 
実際には1935年11月11日に最初のBEVOタイプの国家鷲章が採用になったが、それはもっと胴の細い物で、やはり黒地に白の糸で 織り出されていた。
 
これらの国家鷲章は全階級共通とされていたが、下士官や将校の中にはアルミ製銀モール刺繍の国家鷲章を私費購入してつける者もいた。
 
 
BEVOタイプの国家鷲章
 
1940年になると、ポーランド戦の教訓から黒地に白では目立ち過ぎる為、白糸はライトグレーの糸に変更された。
 
ただし、白糸で作られた在庫の使用は続けられた為、グレーの新しい国家鷲章が支給されたのは1941年も終わりの頃となった。
 
戦車搭乗服用の国家鷲章も、1944年になると三角形の簡略型が作られた。
 
  
   
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03.Sep.2001 公開
19.Jun.2002 改定
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