ここでは、戦時中のドイツ軍の兵営生活のタイムテーブルを紹介します。
    
 
はじめに
 
ここでは、ドイツ陸軍の兵営生活におけるタイムテーブルと、兵営生活の写真を紹介する。
タイムテーブルは1940年頃のものであり、また、写真は同一人物、同一時期の物では無いが、兵営生活や訓練の雰囲気は伝わると思い チョイスした。
なお、本コンテンツを制作するにあたり、貴重な資料・写真を提供して下さったマイソフ氏、schmidt氏の両名に、この場であらため て感謝の意を表します。
 
  
兵営生活のタイムテーブル
 05:30  起床
 05:30-05:50  シャワー
 05:50-06:00  整列点呼
 06:00-06:30  3〜5キロのランニング
 06:30-07:00  兵舎の清掃、その後朝食
 07:00-09:00  小銃と105mm榴弾砲に関する講義
 09:00-12:00  歩兵戦闘訓練
 12:00-13:00  昼食
 13:00-14:00  数学と弾道計算理論
 14:00-17:00  105mm榴弾砲に関する実習
 17:00-18:00  兵舎の清掃
 18:00-19:00  夕食
 19:00-22:00  自由時間
 22:00  消灯、就寝
この兵営生活のタイムテーブルは、1940年10月に、陸軍第20機械化歩兵師団所属の、第20砲兵連隊に 入営した一兵士の回顧録から抜粋したものである。
(Werner Adamczyk:”FEUER! An Artilleryman's Life on the Eastern Front”Broadfoot Pub. 1992より)
 
兵営生活の写真
  
  
 
起床
 
これは、当時の陸軍の生活を紹介する”我らの陸軍:Unse Heer”という写真葉書シリーズの中の1枚である。右下方にプリントされている”Aufstehen !:起床!”の文字を見るまでもなく、兵営での起床シーンを写したショットである。営内の2段ベッドの様子や、チェック柄のピロケース・毛布カバーも興味 深い。このチェック柄は3軍共通で、空軍や海軍でも使用されていたが、各々のスタンプが押されていた。
 
 
 
ランニング
 
起床後、兵士達はシャワーを浴び、整列点呼後にランニングをした。写真は、このランニング時などに着用した、官給タイプのスポーツ着で ある。陸軍ではこの写真のように国家鷲章の付けられたタンクトップ(ランニングシャツ)と、黒のトランクス型スポーツパンツ、ジャージ上下と、革製のス ポーツシューズが支給されていた。このスポーツ着の詳細に関して興味のある方は、「陸軍のスポーツ着」のコンテンツを参照されたい。
 


 
 
営内での食事

兵舎での食事風景。タイムテーブルを見てもわかるように、陸軍では一日3回の給与(食事)が行なわれていたが、昼食に関しては、 訓練の内容によって練兵場で食べることもあった。内務班では写真のように、通常分隊ごとにテーブルにつき、食事を摂ることとなっていた。また、ドイツ軍の 営内食の献立表によると、朝食はコーヒーとパンとジャムだけのコンチネンタルブレックファスト、昼食はスープ類もしくは肉料理と塩茹でジャガイモに野菜、 夕食はパンとコーヒーなどの飲み物に、パンに塗るペースト類か添え物が一品ついたものであった。
 

 
 
訓練
 
実弾射撃訓練の準備風景。これは、陸軍第14歩兵師団第11歩兵連隊に所属していた一兵士のアルバムにある一枚であるが、手前に写って いるターゲットをこれから射撃場に運ぶところである。射撃訓練は中隊毎に行なわれていたので、ターゲットの左側にはシュピース:中隊付き下士官(袖口にト レッセが2本巻いてある)が立っている。他の者達も襟の周りにトレッセが付けられた野戦服を着用しているので、各小隊付き下士官であろうと思われる。小銃用の的に興味のある方は「一枚の写真から(射撃訓 練の後で)」のコンテンツを参照されたい。
 
 
 
訓練
 
西方戦役が終結した1940年の11月に撮影された練兵場内の射撃場でのショット。これはドイツ軍の練兵場に設けられていた標準的な射 撃場の例である。一つのレンジでは通常1個小隊が射撃訓練を受けていたので、練兵場には複数のレンジを並列に設置した射撃場が備えられていた。また、並列 に設置されたレンジの両サイドは土手状の盛り土が施され、跳弾や流れ弾が隣のレンジ等に飛んで行かない様になっていた。写真では、射撃台には土嚢が置か れ、射手の左に射撃指導教官が立っている。この写真では、1レンジで3人の訓練が受けられることや、射撃台の脇には空薬莢を入れるボックスが置かれていた り、右側に実包の支給所が設けられている様子がわかる。
 
 
 
訓練
 
これも実弾射撃訓練関連の写真で、絵葉書になっている物である。写真は実弾射撃で優秀な成績を修めると、ご褒美に葉巻を貰える習慣が あった事を示している。背景には屋根付きの射撃台が設置されており、中で伏撃ちしている兵がいる。撮影日時ははっきりしないが、兵のヘルメットが M16/18ヘルメットである事や、将校もライヒスへーア型の勤務服を着ている事から、1935年のヴェアマハト誕生直後の撮影と思われる。また、兵の肩 章に第20歩兵連隊の刺繍がある事から、ライヒスヘーア期の第7歩兵師団より編成された当初の第10歩兵師団での撮影である。
 
 
 
訓練
 
この写真は、照準訓練終了後に撮影されたもので、訓練に使われた的が後方に置かれている。新兵達は実弾を使用した射撃訓練の前に、模擬 弾を使用した操作訓練や、照準訓練などが施された。左端が教官の伍長、他が訓練を受けている新兵達であろう。一個分隊が8名なので、撮影時期は1940年 以降であると思われる。
 
 
 
訓練

戦争初期の新兵は、軍隊に入隊しても直ぐに実包による射撃訓練を行なう訳では無かった。当初小銃は基礎体力作りの道具であり、執 銃法などを教わると同時に清掃を中心とした手入れの実習、操作及び小銃弾、射撃理論等の座学を履修した後、訓練用模擬弾による操作訓練が徹底的に仕込まれ た。これらが終了すると初めて、射撃訓練場での実包射撃の訓練を受けることになっていた。写真は、屋外で小銃の清掃手入をしている兵士達であるが、全員ボ ルトを外して銃身内や薬室をクリーニングしている。テーブルの上には小銃のボルトの他、34年型小火器クリーニングキットが置かれている。中央の兵2名の 着ているコットン製作業着が、リードグリーンの折襟である事から、撮影時期は1940年以降と思われる。
 

 
 
訓練
 
小銃の点検を受けている兵士達。兵は入隊後に軍から小銃を貸与されたが、そのシリアルナンバーはゾルトブーフ:身分証明及び給与支給帳 にも記載され、通常の点検整備の義務を負う事とされた。各自の小銃は常に清掃手入れをする事が求められ、しばしば分隊や小隊の下士官等の検査を受ける事が あった。これは訓練期間終了後も同様で、消耗部品の交換等の簡単な修理に関しては、各自で行なう事とされていた。
 
 
 
訓練
 
練兵場での歩兵基礎訓練の風景。小銃をかかえた兵達に教官が「伏せ!:Hinlegen!」の号令をかけているのが聞こえてくる様な一 枚である。この写真では分隊ごとに教官が指導しているが、訓練が進むと小隊単位での訓練が行われ、中隊単位、大隊単位と徐々に大きな単位の部隊訓練が行わ れた。
 
 
 
訓練
 
兵営のグランドで、軽機関銃の訓練を受けている兵達。手前には毛布がひかれており、MG34と予備銃身ケースなどが置かれている。写真 中央では、対空三脚:ドライバインの説明がされている。背景に、小銃の射撃姿勢・照準訓練に使用する射撃台が置かれているのが興味深い。
 
(写真協力:schmidt氏)
    
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30.Sep.2003 公開
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