ここでは、戦時中のドイツ軍の野戦食を様々な資料と写真で紹介します。
    
 
はじめに
 
前ページでは、前線の兵士達に支給される糧食の種類について簡単に紹介したが、本稿では前線における調理について当時の写真を交えなが ら紹介する事にする。
 
 
師団管理部隊:Verwaltungs Truppe
 
陸軍の歩兵師団は、師団に補給された食材を管理供給する管理部隊を持っていた。
この管理部隊は以下の4つの部署から成っていた。

1、兵站部:Verpflegungsamt 毎日行なわれる師団の兵員数確認報告に基づき食料の配給量をコントロールした。
2、製パン中隊:Baeckereikompanie 師団将兵に配給する軍用パンを作っていた。
3、屠殺中隊:Schlaechterkompanie 牛・豚・羊などを屠殺解体し精肉する他、ソーセージなどを生産した。
4、野戦郵便局:Feldpostamt 師団将兵の戦時郵便配達業務を行っていた。
 
2の製パン中隊と3の屠殺中隊に関しては、後で当時の写真と共にもう少し細かく紹介するが、管理部隊のもう一つの任務として、糧食や飲 料水の品質管理があった。これは食中毒などで戦力を無駄に減少させないための任務で、細心の注意を持って行なわれていたそうである。
 
飲料水も人間が生存していく為に無くてはならない必需品であるが、部隊が使用する水も厳しく水質検査が行なわれ、多くの場合は一度煮沸 してから使用された。
 
また、肉に関しても屠殺前には獣医の検査が行なわれ、食用に適していると認められた家畜のみが屠殺された。
屠殺された家畜はスープやシチュー用の肉に精肉される他にソーセージなどの食品にも加工されたが、この様な完成品に関しても顕微鏡検査 が行なわれ、問題が無いと認められた物が部隊に配給されていた。
 
これらの部隊は通常後方に位置し、市街地などでは出来る限り利用可能な施設を有効に活用していたが、東部戦線などでは野外に設営する事 もしばしばあり、水源の近くで安全な場所が選ばれていた。
 
管理部隊は補給が順調であれば、各師団に軍需品を供給する軍団から食材を供給される訳だが、元々約5割を現地調達に頼らざるをえない状 況だった東部戦線などではその様な食材確保も重要な任務であったが、実際には様々な形で各部隊単位での現地調達も行なわれていた。
 
管理部隊の編制例
 
1、兵站部隊:オートバイ1台・乗用車1台・トラック3台
  将校3名、管理官(軍属)28名、下士官・兵15名
 
2、製パン中隊:オートバイ4台・サイドカー2台・乗用車5台・トラックと野戦オーブン各7台・トラックと
  パン練り機各5台
  将校2名、管理官2名、下士官・兵138名
 
3、屠殺中隊:オートバイ1台・サイドカー1台・乗用車1台・トラック4台
  将校1名、管理官1名、下士官・兵42名
 
これは歩兵師団に配属された管理部隊の人員・車両装備に関する一例であるが、実際には時期や師団により格差があった。
 
なお、管理部隊は後方勤務が原則ではあったが、護身用として拳銃・小銃・軽機関銃等はその装備に加えられており、レジスタンスやパルチ ザン等と交戦する事はあった。
 

  
 
フィールドキッチン

各師団に供給された食材は、管理部隊を介して各連隊に分配されるが、前ページで紹介した様な食材の多くはフィールドキッチンで スープやシチューに調理された。
 
フィールドキッチンは歩兵連隊の場合には、通常連隊直轄の補給段列:Toross des Regimentsに大型野戦炊事馬車が1両、歩兵大隊の補給部隊:Gefechtstrossに小型の物が1両配備されており、大型では一度に 125〜225人分(容量200リッターの鍋で175リッター)を、小型の物で60〜125人分(容量125リッターの鍋で110リッター)の調理をする 事が出来た。
 
写真は4頭の馬で前車(食材などを積み込むリンバー)と共に移動中の野戦調理車で前車には御者 と調理人が乗っている。
 

 
フィールドキッチン
 
フィールドキッチンは”シチュー砲”:Gulaschkanoneと渾名されているが、調理用レンジ・シチュー鍋・コーヒー鍋・オーブ ンから構成されていて、燃料は石炭・コークス・練炭・薪のいずれにも対応出来る様に作られていた。
 
シチュー鍋は蓋に安全ン弁の付いた二重構造の圧力鍋になっており、内鍋と外鍋の間には特殊な液体が入れられていたが、これは内鍋を均一 に加熱し調理時間を短縮すると同時に焦付きを防止する効果と保温する役目を持っていた。
 
写真はトラックの荷台に積み込まれた野戦調理車である。
 
 
フィールドキッチン
 
またレンジ部は鍋の安全弁が作動すると空気の供給を断って自動的に火を消す構造になっていて、燃料の節約が出来ると同時に不必要に煙を 排出して敵に発見される事を防ぐ様考慮されていた。
 
シチュー鍋・コーヒー鍋・オーブン部の焚き口はそれぞれ独立していたが、煙はまとめて後部の煙突より排出される構造になっていた。
 
写真は水源(井戸)のある村で炊事準備中の野戦炊事車。背景に井戸の大きいつるべが写ってい る。
 
 
フィールドキッチン
 
野戦炊事車のシチュー鍋の横には1層式のコーヒー鍋が設けられていたが、大型炊事車で90リッター、小型炊事車で60リッターのコー ヒーを沸かす事が出来た。
 
コーヒー鍋には専用の蛇口が付けられており、蓋を開けずにコーヒーを注ぐ事が出来る設計になっていた。
 
ここまでは、野戦炊事車について紹介してきたが、この炊事車だけでは当然師団の全員に給食を供給できない。
 
写真は徴用された?民間人と一緒にジャガイモの皮を剥いている調理担当兵。
 
 
フィールドキッチン
 
上記の様に、大隊レベル迄の装備だった野戦炊事車では、師団所属の全兵員の給食は作れなかったが、中隊にも兵士達に給食を供給する為の 炊事班が付属の補給部隊内に編制されていた。
 
この補給部隊:Verpflegungstrossの炊事班には野戦炊事車は装備されていなかったが、色々な形式の野戦炊事器具は装備 されており、部隊に支給された食材を使用して調理をしていた。
 
中隊の炊事班は2名のコック(1名はコック長)と、若干名の炊事助手からなり、コック長はDer Kuechenbull:キッチンの雄牛、その炊事助手はKuechenfeen:キッチンの妖精と呼ばれていた。
 
前ページで紹介した一人分の食材に脂肪が多く含まれているのはこの様に中隊単位での調理を前提としている為である。
 
写真は中央のタバコに火を付けようとしている兵が弾薬盒を片側のみに装備している事から、後方 勤務の補給段列の物と思われるが、トラックの荷台には圧力鍋などの器材が積み込まれている。
前列左隅の兵が着用しているリードグリーンのツナギや右から2番目の兵の作業着や略帽に帽章が 無いのが興味深い。
 
 
フィールドキッチン
 
中隊の補給部隊に配給された食材は、補給部隊の主計下士官の管理下で調理スタッフが調理をした後に兵士達に支給されたが、これらの中隊 に供給される食材の量は、戦況等に大きく左右されるため、これだけで兵士達の食欲を充分に満たす事は稀で、主計下士官は様々な形での現地調達(購入だけで は無く徴発や略奪も含めて)に奔走した。
 
写真はブンカーの中に入れられたフィールドキッチンで、ブンカーの上にはFeldkueche と書かれた看板が付けられている。
画像手前の左隅には調理したシチューを前線部隊に届けるための食糧運搬缶と、調理に使用する飲 料水缶が並べられている。
運搬缶が写真に写っているだけでも6個並んでいる事から、ブンカー内のフィールドキッチンが大 型の物である事が想像出来る。
写真右側には食材などを運搬する荷車と次の調理の下拵えをしている調理担当兵が写っている。
 
 
フィールドキッチン
 
前ページに前線の兵士に支給される給食の内容の例を紹介したが、具体的には肉類と野菜は概ねシチューやスープにされる事が多く、それに 大きな軍用パンが添えられると言うのが基本で、後は補給状況によってチーズやバター・豆のマッシュ・卵や魚等と香辛料や砂糖などが加えられる。
 
飲料はコーヒーと紅茶が最も一般的で、牛乳なども現地調達された物が支給される事があった。
 
レーションI にはタバコやアルコール類も含まれているが、タバコは部隊内の酒保や購買所でも購入する事が出来た。
 
アルコールはビール・ワイン等の他に補給状況に応じたスピリッツなども配給される事があった。
 
写真は第14歩兵師団第11歩兵連隊の一兵士のアルバムからピックアップしたものであるが、輸 送船で移動する前に食事を配給している場面であると思われるが、フィールドキッチンの脇で下仕官2名が食事を摂っている。
 
 
フィールドキッチン
 
上記の様なレーションは1日分で一人当たり1,7kgに達したと言われ、完全定数の歩兵中隊では3tトラック一台分に達する量になる。
 
したがって、戦況や調達の状況・気候・医師の助言等により、この範囲を大きく逸脱しない範囲で代用食が作られる事があったが、これらは 全て建前の話で、実際には小隊や分隊単位での調達・調理も行なわれていた。
 
この正規では無い代用食に関しては、現地調達と共にまた改めて別のコンテンツで紹介する。

この写真も上の写真と同じアルバムにあった写真であるが、フィールドキッチンに給仕係り は配置されておらず、フィールドキッチンの左側でシュピースが味見をしている段階の様である。
 

 
フィールドキッチン
 
フィールドキッチンで作られるスープやシチューに関しては、ハンガリー風シチューなどと書かれている書物もあるが、実際にはかなり多様 で、所属する軍管区の地域特性もあった。
 
味の方は戦記などでは”下宿人料理”などと酷評されている場合があるが、概しておふくろの味とは行かないまでもケースバイケースであっ たと思われる。
 
写真は戦前の野外演習中のショットで、下士官が兵達にシチューを配給しているところであるが、 鍋の蓋の上部に圧力弁が付いているのがわかる。また、煙突の左側で配給の様子を見ているのがシュピース(中隊付き下士官)である。
 
 
フィールドキッチン
 
中隊のフィールドキッチンは部隊移動に伴い行動しなくてはならない為、前線の兵士達は必ずしも温かい食事を毎日供給された訳では無い。
しかし、極寒の東部戦線などでは温かい食事は不可欠であったので、分隊や個人装備にもストーブ等が用意されていたが、これらについても 別途紹介する事にする。
 
写真は中隊装備のフィールドキッチンで食事の配給をしているショットだが、中央で並んでいる伍 長だけ規格帽を被っているので、撮影時期は1943年では無いかと思われる。また配給する側の伍長(右から2人目)は左胸に一級鉄十字章を付けている。
 
 
フィールドキッチン
 
フィールドキッチンで調理されたシチューやコーヒーは、戦闘中の部隊には戦闘中隊の食事運搬係り:Essenhoelerによって運ば れた。戦闘地域を熱くて重いコンテナを背負って運搬する任務は極めて危険を伴うので、前線の兵士には感謝された。
 
写真はフィールドキッチンから食糧運搬缶(コンテナ)で運ばれてきたシチューで食事を摂ってい る兵士達。左から二人目の上半身裸の兵は食糧運搬缶からシチューをよそっており、写真中央にも蓋の開いた運搬缶が置かれている。
 

 オータ氏コレクション 
 

 
食糧運搬用コンテナ:Essenbehaelter

このコンテナはフィールドキッチンなどで調理したスープやシチューを前線に届ける為の物で、本体は保温性能のある2重構造になっ ている。
 
内容量は約12リッター、本体重量は約8,2kgある。
 
このコンテナは野戦炊事車の装備にもなっていて、大型炊事車には6個、小型炊事車には4個が備えられていた。
 

   
今回は部隊単位のドイツ軍の糧食に付いて簡単に紹介したが、次回は製パン中隊や屠殺中隊、更に現地調達や前線の兵士達の調理の 様子なども当時の写真やアイテムを交えて紹介したいと考えている。
 
本コンテンツを制作するにあたり、オッペルン型貨車に関する解説をして下さったS,クシマ氏・貴重な写真を提供してくださった schmidt氏、同じくコンテナを貸して下さったオータ氏に改めて感謝の意を表します。
    
   
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21.Feb.2001 公開
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