ここでは、戦時中のドイツ軍の野戦食を様々な資料と写真で紹介します。
    
 
はじめに
 
ドイツ軍と言うと、兎角機械化部隊をはじめとする戦闘部隊の活躍が脚光を浴びるが、当然の事ながらこれら戦闘部隊の活動は兵員の食糧や 燃料・弾薬・被服・その他個人装備や兵器とその予備部品等の補給なしには成り立たない。
 
特に大規模な軍隊を広範囲な戦場で長期間運用する戦争の場合は、その国の持つ資源・生産力と補給力の戦いと言っても過言では無いだろ う。
 
現在ではこれらの事柄は軍事の常識となっており、それらの研究も様々な形で発表されているので、兵站の詳細に付いてはそれらの専門書に 任せる事にして、本コンテンツではドイツ軍の糧食について補給システムにも簡単に触れながら、当時の写真や軍装品なども含めて紹介する事にする。
 
 
ドイツ軍の一般的な食糧補給システム
 
東部戦線を例にとって見ると、従軍部隊は北方・中央・南方の各軍集団に属し、更に軍・軍団・師団と言う単位に括られていたが、まず本国 の兵站基地に集積された食糧物資類は占領地を主に鉄道で軍集団後方地域にある軍集団端末駅に輸送され、ある物はそのまま軍・軍団・師団の各端末駅へ、また ある物は軍集団後方地域の補給処(軍集団兵站基地)から軍の補給処(軍兵站基地)を経由して、軍団の補給所又は直接師団の交付所へ輸送された。
 
各師団では師団内に連隊や大隊の補給段列が組織されており、最終的には前線の兵に届けられるのである。
 
食糧は戦闘の有無にかかわらず兵員が生存するために消費され続ける物であるが、他の物資とは異なり割合現地調達が容易な性質も持ってい たいた為、東部戦線でも約5割が現地調達によって賄われていた。
 
  
兵士に対する給食(給養)
 
ドイツ陸軍では1日に3食の食事を基本に糧食を配給していたが、昼食に最も配給量が多く50%、続いて夕食が33%、更に朝食は13% とされていた。(前線では通常1日分がまとめて支給される事が多かった)
これは元々ドイツ人の食生活が昼食を中心にしていた事によるものと思われる。(ただし、戦前においてはドイツ人は1日5食の食事を摂っ ていたと言う資料もある。)
また、兵士に支給される食料の総量についても、I級:戦闘地域・II級:占領地・III級:国内駐屯地(部隊)・IV級:国内の事務職 等の4ランクに分類されていた。(I級が一番多く、級が下がるにしたがって量は減る)


 
 

 
 


 

 
戦闘地域の給食
 
戦闘地域の給食はVerpflegungssatz I :レーションIと呼ばれ優先度の高い補給物資として扱われていた。
 
具体的な内容は
 
ライ麦パン                                        750g
バター(マーガリン)又は調理用脂肪      45g
ソーセージ(生か缶詰)              120g
(場合によっては燻製の魚やチーズ)
マーマレード若しくは人造蜂蜜         200g
ポテト・野菜・焼き料理              750g
肉                           120g
野菜、若しくは獣脂                45g
ソース                         15g
コーヒー豆(もしくは代用コーヒーか紅茶)   8g
キャンディー又はチョコレート         1パック
紙巻タバコ                      7本
葉巻                          2本
その他調味料
 


 
また別の資料によると(時期や場所によって異なった)
 
ライ麦パン                      700g
バター(マーガリン)又は調理用脂肪       60g
骨付き肉                       136g
野菜と果物                      250g
ジャガイモ                        320g
豆                             80g
魚(頭無し)                        30g
大豆粉                          7g
プディングパウダー                  20g
コーヒー豆(もしくは代用コーヒー)        9g
スキムミルク                       25g
砂糖                              40g
塩                             15g
調味料                          3g
香辛料                          1g
ワイン                     0,26オンス
紙巻タバコ                    7本
 
などとなっており、時期や戦況によっては滞る事もあった。
 
 

 
この写真は食料等の配給を受ける兵士達であるが、奥に積み上げられているのがドイツ軍の軍用パン:コミスブロートである。
 
テーブルの手前の方に積み上げられているのは紙に包まれたビスケットと思われる。
 
兵士達が着用しているのが、初期の白いコットン製作業着であるのが興味深い。
 
(写真提供schmidt氏)
携行食糧
 
また、上記の給食の他に給食が配給出来ない状況に応じて以下の携行食糧も支給される事があった。
 
行軍食:Marschverpflegung
 
移動中の部隊用に支給された糧食で、調理しなくとも食べられる様になっていた。これは実際には前線で利用される事も多く、その様な場合 は調理された食事と一緒に食べる事が多かった。この場合は通常部隊の炊事担当兵が一日分か一食分を配るのが基本であったが、移動中の部隊の場合は3〜4日 分が支給される事もあった。

ライ麦パン:700g・冷肉又はチーズ:200g・スプレッド:60g・コーヒー:9g(又は紅茶:4g)・砂糖:10g・タバ コ:6本
 
これらは一まとめにしたパッケージでは無く、缶詰や紙に包まれた物や紙箱入りの物を組み合わせて支給された。

携行食(全食):Eiserne Portion

 
これは缶詰と紙に包まれたビスケットが主であった。
 
ビスケット:250g・冷肉:200g・乾燥野菜:150g・コーヒー:25g・塩:25g
 
このビスケットはZwiebackと呼ばれる物で、固く焼かれたビスケットの一種でラスクに似ている。
 
携行食(半食):Halbeiserne Portion
 
ビスケット:200g・保存加工済み肉:200g(主に缶詰)
 
戦闘食
 
1943年から支給されたこの戦闘用の特別食は調理しないで食べられる事と、携行性に主眼が置かれており高カロリーである事が特徴で、 大型戦闘食:Grosskampfpaeckchenと近接戦闘食:Nachkampfpackchenの2種類が前線部隊のみに支給された。
 
ビスケット・キャンディー・缶入りチョコレート・タバコ
 
これらの非常食料は部隊の補給車両等に積み込まれているか、出撃前に支給され指揮官の判断で食べる事が出来た。
 
 
ライ麦パン・コミスブロート(再現品)
 
ドイツ軍の糧食の基本は、コミスブロート:Kommissbrotと呼ばれる1斤700〜750gの軍用パン(ライ麦パン)で、各師団 は製パン中隊を持っていた。
 
このパンは静岡の”ORIGIN KAWAMOTO”と言うパン屋さんに無理を言って再現してもらった物だが、薄く切ってマーガリン(代用バターのつもり)を塗って食べると、香りも素晴ら しくなかなか美味であった(笑)。
 
”ORIGIN KAWAMOTO” 0543-48-6226
 
 
戦闘食・缶入りチョコレート
 
この画像は先に紹介した戦闘食の缶入りチョコレートの缶である(空き缶)。
 
左側が蓋で右側が缶本体の底であるが、缶の蓋の図柄には数種類のバリエーションがあり、国家鷲章の代わりに年号が入った物などもある。
 
中には円盤状のチョコレートが一枚入っていた。
 
なお、チョコレートは紙箱入りのタイプもあった。
 
列車移動中の給食風景
 
この画像は軍用列車に連結された給食車に飯盒を持って並んでいる兵士達の写真だが、列車移動中にこの様に温かい調理済みの給食を配給さ れるのは運が良い。
 
ところで、この給食車は鉄道マニアのS.クシマさんに見て頂いたところ、非常に珍しい車両の写真である事がわかったので、少し横道に逸 れるがS.クシマさんから教えて貰った解説を掲載する事にした。
この写真の一番手前の2軸貨車は、DRG(1945年までのドイツ帝国鉄道)時代はGs-Oppelnと呼ばれていた。Gsは "Geschweisste Schnellaeufer"の略で、台枠その他が溶接構造により組立てられており、時速90km/hの高速運転が可能な貨車という意味である。
このオッペルンは一次形と二次形の両形式が存在し、1934年から1937年にかけて1663輛製造された一時形は、車軸間が7mとや や大型の貨車であった。
二次形は1937年から戦争中にかけて大量に製造された車輛で、製造総数は28077輛であった。(写真に写っているのは二次形の方) 二次形は車軸間が6mと1次形に比べてやや小さくなっていた。
オッペルン貨車の外見上の特徴は、写真からも判るように屋根のRが他の貨車と比較して大きいことで、台枠は溶接構造だが、側板 は木製のアングル留めとなっており、明るい茶色で塗装されていた。(一部には迷彩塗装された物もあった。)さらに二次形は電気機関車牽引による旅客列車に 併結される場合のことを考慮し、(冬期間に機関車で発生させた電気暖房を客車に送るための)送電回路が組み込まれた車輛が6150輛存在していた。このタ イプは車体に"Leitung fuer elektrische Heizung" …電気暖房送電回路…を意味する"Ghs"の表記があるのが特徴で、 まさに写真のオッペルンの1458号がそれである。この貨車が活躍したのはやはり戦争中で、ドイツ本国と東部戦線間に運行された、いわゆる"オッペルン列 車"(Oppeln-Ganzzuge)…オッペルン貨車のみで編成された傷病兵輸送列車や物資運搬列車…が有名である。なお、この写真には他形式の貨車 も写っているので、オッペルン列車では無いが・・・。この車輛は、戦時形蒸気機関車の52形式と同様、戦後はヨーロッパ各地に多く残った。そしてドイツ連 邦鉄道では1975年まで、オーストリア国鉄では1982年まで現役で運用されていた。
列車移動中の給食風景
 
これは停車中にあらかじめ支給されていた行軍食で食事を済ませる兵士達の写真。
元々ドイツの食生活では地域差はあるものの、温かい食事は昼食のみと言う場合が多いので、左程苦にはならなかったのかもしれない が・・・。
列車と言っても、この様な貨車での移動は決して楽では無かったと思われるので、こうして停車中は扉を開けて新鮮な空気を吸いながら食事 を摂っているのだろう。
前線での朝食風景
 
迷彩ツェルトバーンの下で食事を摂っている兵士の脇で、もう一人は顎にたっぶりシェイビングクリーム?を塗って髭を剃っているのが面白 い。
右端に立っている上等兵が小銃を持っているので前線では無いかと思われるが、あまり緊迫した状況では無いようだ。
中央の兵の前にしつらえられたテーブルの上には飯盒の蓋や大きな軍用パンの切れ端が乗せられている。
  
このページの終わりに
 
今回も鉄道関係の写真についてS.クシマさんに解説をお願いしたところ、非常に詳しい解説をして頂く事が出来た。やはり写真は見る人が 見ると如何に興味深く見る事が出来るかと言う事を痛感した次第である。
このページの終わりに際し、オッペルン貨車についての興味深い解説をして下さったS.クシマさんに感謝の意を表します。
  
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21.Feb.2001 公開
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