ここでは、陸軍の将校用ベルト&バックルを紹介しています。
   
 
はじめに

本コンテンツでは、陸軍将校用ベルトとバックルを紹介する。将校用被服類は、被服購入補助費と私費で調達していたため、廉価版から高級品まで様々なランクがあった上、年代による仕様変更があったため、ここで紹介するのはその極一部である。

また、Bender刊の”Uniforms & Traditions of the German Army 1933-1945”の記述をみると、陸軍将校用ベルト&バックルは以下の様な変遷を遂げたとある。

開戦時の将校用ベルトには、斜革(クロスストラップ)と呼ばれるストラップが付けられていた。この斜革は右肩に掛けられ、ベルトバックルから15cm離れたところに固定された、ベルトループのDリングにナス環で固定されていた。しかし、1939年9月20日には第一戦部隊の連隊長以下の全士官で、さらに11月29日には、将官及び予備役の全士官に対しても、この斜革の着用は停止された。また、この頃のベルトは50mm巾で(1938年8月22日付け通達前までは55mm巾のものもあった)、茶革で作られており、ベルトの上下には1mm巾の溝がプレスされていた。長さ調節の穴は2.5cm間隔で7段階開けられ、ベルトの端部を固定する1.5cm巾のベルトループがバックル側に付けられていた。ベルトバックルは士官用がアルミシルバー、将官用が金色に塗られていた。一般兵科の将校用ベルトに関しては、1943年まで茶色と規定されていたが、1939年末に戦車搭乗服着用時の将校に対し、ベルトの色を黒に変更する通達が出されている。この通達も例によって厳密には守られていなかったので、これ以降将校用ベルトの色は黒または茶色が混在することとなる。また、戦時生産のベルトには、前述のベルトの上下に施されていた溝の省略されたものがあった。戦争が激化した1943年の5月14日には、将校用ベルトの巾が、下士官・兵用と同じ45mmに変更され、更に同年7月27日にはベルトの色も黒に規定された。

   
陸軍将校用ベルト&バックル




陸軍将校用ベルト&バックルのバリエーション

写真の陸軍将校用ベルトは、茶革製55mm巾、黒革製50mm巾、黒革製45mm巾の物で、各々サイズの異なるバックルが付けられている。


茶革製ベルト 55mm巾
 

 
 
1919年から1938年までに生産された将校用ベルト

画像のベルトは茶革製の55mm巾で、斜革を着けるDリング付きループを備えている。
1919年以降の将校用ベルトは、茶革製で50mmもしくは55mm巾とされていたが、1938年にベルトの巾は50mmと規定された。したがって、このベルトは1938年以前に生産された物と思われる。
また、当初長さ調節の穴は2.5cm間隔で7段階開けられていたが、所有者の体形の変化に伴い、4列8個の穴が追加されている。
 


ベルトバックル

この55mmベルト用バックルは、亜鉛ダイキャスト製で、アルミシルバー塗装仕上げである。
55mm用バックルにはニッケル合金製の物もあった。


サイズは

縦:70.5mm

横:46mm

爪の間隔:34mm



ディティール

このベルトは規定通り、上下に1mmの溝加工が施されている。

また、将校用バックルは画像の様に、バックルのピンを包む様に折り返したベルトで固定しているので、下士官・兵用バックルの様に取り外す事は出来ない。


ベルトバックル裏面

画像は、バックル取り付け部の裏面である。

画像中央に縦に撚った糸が見えるが、これはベルトの折り返し部は、2本の針を使用して裏表から縫うので、反対側を縫う際に糸を切らずに、この様な処理を施している。
 

ディティール

上方より見たバックルと取り付け部。

これで見ると、バックル自体がベルトにフィットする様に湾曲した作りである事が理解できる。


 
 
ディティール

画像は、斜革を着ける際に使用する、Dリング付きループ取り付け部である。オーバーコート等を着用した際にも対応できるように、Dリング付きループが左右に動かせる様に作られている。

 
 黒革製ベルト 50mm巾
 


1939年から1943年までに生産された将校用ベルト

1939年11月29日に、装甲科の戦車搭乗服と、野戦に於ける将校用として、黒革製ベルトが採用された。ベルトの巾が下士官・兵用より5mm広いこのベルトは、野戦用将校ベルトとして1943年5月の改定まで生産されていた。
画像のベルトには製造年、メーカー、サイズ等を示す刻印は一切無いが、サイズは92cmである。
このベルトはも規定通り、上下に1mm巾の溝加工が施されている。

 

ベルトバックル

この50mmベルト用バックルは、亜鉛ダイキャスト製で、アルミシルバー塗装仕上げである。
50mm用バックルにはニッケル合金製の物もあった。


サイズは

縦:64.5mm

横:45mm

爪の間隔:26mm
 

 
ベルトバックル裏面

上で紹介した55mmベルトと大差は無いが、このベルトでは折り返し部のステッチはそれぞれ独立していて、2本のステッチを結ぶ撚り糸が無い。
黒革製ベルト 45mm巾
 


1943年7月27日以降のベルト

画像は、黒革製45mm巾のベルトである事から、1943年5月14日と7月27日付け通達を受けて生産された物である。
ベルトの上下に施されていた1mmの溝は略されており、45mm巾用のバックルが使用されている。
また、このベルトの
長さ調節の穴も2列4個追加されており、合計9段階になっている。
 
 
 

 
ベルトバックル

この45mmベルト用バックルは、亜鉛ダイキャスト製で、フィールドグレー塗装仕上げである。

サイズは

縦:60mm

横:46mm

爪の間隔:20mm
 

ベルトバックル裏面

このバックルも、既に紹介した55mm、50mm用バックルと同じ様に、折り返したベルトで、バックルのピンを包む様に付けられている。

また、55mm用バックルの画像同様、縫い糸を切らずに縫い進めるために、縫い糸を撚ってあるのがはっきりと確認出来る。
黒革製ベルト 45mm巾



下士官・兵用ベルトとの共用型

このベルトの最大の特徴は、ベルト自体が下士官・兵用ベルトの材料を使用して作られている事だろう。

したがって、ベルトは革の表面が裏側に使用されており、バックルの取り付け部のステッチが異なる他、バックルと反対側の端部もラウンドカットになっている。

長さ調整の穴は22mm間隔で7列に、25mm間隔で3列が追加されている。

ベルト端部を固定するループは、片側のみに溝加工が施されている。


ベルトバックル

この45mmベルト用バックルは、亜鉛ダイキャスト製で、アルミシルバー塗装仕上げである。

この画像のベルトは巾が42mmしかないので、上下にかなり余裕がある。

バックルサイズは

縦:61mm

横:44mm

爪の間隔:20mm


ベルトバックル裏面

このバックルは、爪の付いたパイプ状のパーツを、鋼製ピンでバックル本体に取り付けているので、バックルの上下にピンの頭が見えている。

ただし、これは下士官・兵用ベルトを流用した事とは無関係で、将校用バックルのバリエーションと思われる。

また、ベルトの折り返し部のステッチには黒糸が使われていて、糸が目立たぬ様にされているのも興味深い。


ベルトの刻印

このベルトには、製造工場を示すNB.Nr”0/0288/0007”と、サイズ(長さ)を示す刻印が打刻されている。

1943年7月27日以降、将校用ベルトの巾と色が下士官・兵用ベルトと同じになったのは、一連の統一規格化だったのか否かは判らないが、このベルトには極めて高い合理性と同時に、生産性を上げるためにある種のプライドをも捨てた、当時の状況が見てとれる。

また、ベルトの上下に施されていた1mm巾の溝加工は省略されているが、ベルト端部を固定するベルトループの片側にのみ溝加工が施されているのも興味深い。

メーカーロゴ

このバックルの裏面にはメーカーロゴがモールドされている。

家形の中に”D”とあるが、詳細は不明。


ディティール

バックルサイズは変わったが、側面形状は従来の物と同様に、わずかに湾曲している。


ディティール

ベルトの折り返し部は、正面より若干狭く40.5mmになっているが、これは下士官・兵用ベルトの特徴で、ベルトフック金具が干渉しない様にする為である。

詳細については下士官・兵用ベルトのコンテンツを参照されたい。


 
 
ディティール

画像は、ベルトの裏側中央部に書かれた持ち主のサイン”Kuhrlem”である。

 


 
サイズ表示

通常の将校用ベルトには、長さを示すサイズ打刻がある物と無い物がある。

このベルトは、下士官・兵用ベルトに将校用バックルを付けて作られているため、下士官・兵用ベルトと同様に、先端部に長さ95cmを示す打刻がある。
 
50mmと45mm用バックルの比較

ベルト巾に応じてバックル自体の大きさが異なるだけでは無く、長方形の各辺の巾も変更された。

50mm用バックルの一辺の巾は6mm、45mm用バックルの一辺の巾は7~7.6mmである。
 
45mm用バックル

画像は、アルミシルバー塗装仕上げ(左)と、フィールドグレー塗装仕上げの45mm用将校用バックル(右)である。

このフィールドグレーのバックルがいつから登場したかは定かでは無いが、野戦でシルバーのバックルは目立つので、この様なバリエーションが作られたのだろう。

下士官の襟や肩章のトレッセもフィールドグレーの物が作られた他、将校も肩章を覆うフィールドグレーの布製カバーがあった事を考えると当然と言える。
 
45mm用バックル裏面

上のバックルの裏面である。左のバックルは、爪の付いたパーツを鋼製のピンでバックルに付けてあるのに対し、右のバックルはピンが一体成型のパーツで作られている。

一体成型の爪は、亜鉛ダイキャストだったので、鋼製パーツで作られたタイプに比べると、強度は劣り強い衝撃が加わったり、金属疲労により折れてしまう事があった。

補足

Bender刊の”Belt Buckles & Brocades of the Third Reich”によると、1939年11月29日付け通達では、全ての将校の斜革を廃止すると共に、ベルトの色は茶色と指示されたが、野戦に於いのみ将校のベルトも黒革製にする事が望ましいとされた。
しかし、この時点でこの規定はあまり注視されず、多くの将校は茶革製ベルトを使用し続け、茶革製と黒革製ベルト混在の原因となった規定を改定したのが、1943年7月27日付け通達であったとある。

また、1937年に採用された将校用礼装ベルトについては、機会を改めて紹介したい。
 
 
       
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31.Oct.2013 公開

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