ここでは、ドイツ軍の短ゲートルを紹介しています。
   
 
はじめに

本コンテンツでは、Stoffgamaschen:短ゲートル”を紹介する。
ドイツ軍の”Gamaschen:ゲートルと言えば山岳部隊が使用した”Wickelgamaschen:巻きゲートル”と、本コンテンツで紹介する”Stoffgamaschen:短ゲートル(単語の意味としてはキャンバス製ゲートル)”の他に、主に騎兵(騎乗兵)や将校が使用した、”Ledergamaschen:革製ゲートル”があったが(短ゲートル導入前には編上靴と共に着用された)、開戦後に一般兵科の兵士達に多く支給された”Stoffgamaschen:短ゲートル”は通常”Gamaschen:ゲートル”と表記されていたので、これ以降”Gamaschen:短ゲートル”とする。

Gamaschen:短ゲートルは、開戦後も引き続き行われた軍備増強に起因する皮革不足の打開策の一つとして、後方部隊と国内予備軍の下士官・兵用の行軍靴(ジャックブーツ)を徐々に編上靴に更新していく計画に伴い、194088日付け通達により導入された。

ヴァイマール共和国期の陸軍は、ベルサイユ条約によって10万人に制限されていたが、1935年の再軍備宣言以降、急激な軍備拡大は軍需産業を活性化した反面、急速には生産量を増やせなかった皮革等の軍需物資不足も招来したのである。

元来行軍靴には、臑を保護する目的もあったが、1939年にはその長さを短くする措置が取られ、翌40年には編上靴への移行が開始された事になる。

1941年からは、前線部隊でも編上靴と短ゲートルの組み合わせが散見されるようになり、1943年から1944年には標準的な装備となったが、兵士達の評判は悪く“Timoschenkosocken:ティモシェンコ・ソックス(ティモシェンコは、赤軍の将官の名前に由来?)”とか、“Rückzugsgamaschen:退却ゲートル”、”Hunddecke:犬の毛布”等とあだ名された。

また、短ゲートルを嫌う兵士達の中には、短ゲートルを使用せずにズボンの裾を靴下の中に入れ、編上靴の履き口にかぶせる様に靴下を折り返す者がいた為、軍はこの着用法に対する禁止令(HV 44B, Nr.227)を1944年6月5日に出している。


本コンテンツを制作するにあたり、貴重なコレクションを取材させて下さったエーデルマン氏に、この場で感謝の意を表します。
 

   
Gamaschen:短ゲートル




編上靴と短ゲートル

短ゲートルは、丈の短い編上靴を履いた時に、靴の中に土が入る事を防ぐと同時に、踝の保護し、ズボンの裾が邪魔にならない様にする事を目的として導入された。

しかし、前述の様にこの短ゲートルは兵士達には不評であった。それは、実用的な意味合いよりも、当時行軍靴はある種憧れの対象であったので、民間の作業靴の様な編上靴自体が不人気であった事に由来する。

また、この編上靴の支給は行軍靴の更新であり、部隊によって行軍靴の在庫状況が異なったため、支給時期にかばりバラつきが生じた。更に、所謂エリート部隊には行軍靴が支給され続けたため、部隊によっては最後まで行軍靴が使われていた。

そして同一師団内でも、入隊時に行軍靴を貸与され、その靴が損耗していない場合には、行軍靴は使い続けられたし、負傷時に行軍靴も損傷し、野戦病院で靴の支給を受けた場合、その部隊の行軍靴の在庫状況に係わらず編上靴が支給される事もあったため、同一部隊内でも行軍靴と編上靴が混在する状況が生じた。


短ゲートルのバリエーション
 

 
 
初期型短ゲートル

当初、短ゲートルはフィールドグレーかカーキに染められた厚手のキャンバス地で作られていた。
緩やかに弧を描く上辺で二つ折りにしたキャンバス地の左右両端部は折り返してあり、下辺は装着時に前後となる部分が、靴にフィットする様に刳ってある。また、この下辺には革製の縁取りが施されていているのが、初期型短ゲートルの特徴である。

上辺は約39cm、下辺は約35.5cm、短辺は約15cmで、短辺の片側には3つの調節穴が開けられたベルト、反対側にはバックル金具がそれぞれ上下に取り付けられている。

初期型の短ゲートルは、下辺に補強皮が付けられ内側に補強芯も無いが、後期型では短ゲートルの中央部に補強芯が入れられ、補強皮も半月形に変更され、前後に取り付けられた。 ただし、この変更が何時からかは不明である。

写真の短ゲートルは、若干黄ばんでいるが、フィールドグレーの生地で作られており、黒革のベルトと縁取り、ローラー付きバックルが付けられていて、縫製には全て黒糸が使用されている。

 
ディティール

装着用バックル部のクローズアップ。

この短ゲートルには、ダークグレーに塗装されたローラー付きの鉄製バックル金具が使用されている。

ディティール

スタンプは製造会社名と所在地、製造年

ERICH SCHULZE
WUPP, BARMEN
1942

このスタンプで、1942年に初期型短ゲートルが作られていた事が分かる。

また、同社がBEVOタイプの徽章製造で有名なBEVO社と同じWUPPERTALにあったのも興味深い。


 

着用例

このショットは1941年7月2日に撮影された物で、開戦間もない東部戦線に於いて戦死した戦友の葬儀で、衛兵を勤めた工兵科兵士のプライベート写真である。

後方部隊や、国内予備軍から導入された編上靴と短ゲートルであるが、各部隊の行軍靴の在庫状況によっては、1941年の段階で前線部隊でも編上靴と短ゲートルが支給されていた事がわかる。



  
 エーデルマン氏コレクション
 
中期型短ゲートル

初期型から後期型に移行する際に、オリーブグリーンのキャンバス製で下辺に革製の縁取りが付き、内側に補強芯も入れられたタイプが作られた。

また、短ゲートルの全周にステッチが見えるが、中期型からは2枚のキャンバスを縫い合わせた作りに変更されている。

こうして見ると、初期型から後期型に移行する際に、まず補強芯を入れる改良が行われ、その後に下辺の縁取りを半月型の補強革に変更した事が推察出来る。

 
ディティール

短ゲートルには左用と右用があるので、支給の際には必ず左右のペアでセットする必要があった。

このシリアルナンバーは、同じ数字をそろえる事で、左右ペアになるように押されたスタンプである。

この短ゲートルでは、内側の補強芯部分に、シリアルナンバー”5599”のスタンプが押されている。
 
ディティール

装着用バックル部のクローズアップ。

この短ゲートルには、黒色に塗装されたローラー無しの鉄製バックル金具が使用されている。

 
ディティール

装着用ベルトのクローズアップ。

短ゲートルの装着用ベルトの調節穴は、初期型から後期型まで、一貫して3個であった。
 

 
ディティール

ベルトの先端に”RKS”と打刻されている様であるが、メーカー名を示す刻印の様である。
 


後期型短ゲートルのバリエーション

上からオリーブグリーンのキャンバス製で黒の革製ベルトが付けられたタイプ。
オリーブグリーンのキャンバス製に茶革製(プレーン)ベルトが付けられたタイプ。
そして、ダークグリーンのキャンバス製に茶革製ベルトが付けられたタイプ。

下辺に補強革が付けられた初期及び中期の短ゲートルには黒革のベルトが付いている事が多く、後期になるとベルトを黒く染める工程も省略したと思われる。

 
 
 

 

後期型短ゲートルのバリエーション

後期型短ゲートルは2枚のコットンを縫い合わせた物に、2組のベルトを付けた物で、センターに芯材が入れられており、靴に当たる部分には半月形の補強革が縫い付けられている。

写真上が表側で、下がその裏側を示している。
このゲートルはオリーブグリーンのキャンバス製で、黒染めの革製ベルトが付けられており、鉄製のベルト金具も黒に塗装されている。また、写真下の様に、靴に当たる部分の補強革は黒く染められていて、全て白糸で縫われている。
 



後期型短ゲートルのバリエーション

このゲートルはオリーブグリーンのざっくりしたキャンバス製で、無染色の革製ベルトが付けられており、鉄製のベルト金具はライトグレーに塗装されている。また、写真下の様に、靴に当たる部分の補強革は黒く染められていて、全て白糸で縫われている。
 


後期型短ゲートルのバリエーション

この短ゲートルは、やや青味のあるダークグリーンのキャンバス地で作られており、やはり無染色の革製ベルトが2組付けられている。

ベルトの鉄製金具はメッキ仕上げ無塗装で、革製ベルトは黒糸、布の部分はフィールドグレーの糸で縫われている。

また、この短ゲートルにはベルトの裏側に製造工場を表すRB Nr.0/0545/0008のスタンプと、本体の裏側に左右のペアを示すシリアルナンバー”37”のスタンプが確認出来る。

シリアルナンバーのスタンプ

このシリアルナンバー”37”は、前述の様に同じ数字をそろえる事で、左右ペアになるように押されたスタンプである。
RB Nr.のスタンプ

ベルト部の裏面には、製造工場を示すRB Nr.0/0545/0008のスタンプが押されている。


短ゲートルの着用規定:ズボンの巻き方

1943年2月5日付け通達(HV 43B,Nr.90)で、左図の様に短ゲートル着用時のズボンの巻き方が規定された。

図の左が誤った着用法で、右が正しい着用法。

この規定では、ズボンの裾は、後ろをつまんで内側から前に向かって巻く様にする事とされている。

この着用規定はズボンの「すね」の部分が擦れて損耗する事を防ぐ為に設けられた。この規定通りに着用すると、短ゲートルとズボンの裾が同一方向で巻かれる為、短ゲートルとズボンが擦れにくい。



 
 
規定前の着用例

画像は、1941年10月に撮影されたポーランド駐留部隊(後方部隊)である。最前列に行軍靴より長い乗馬ブーツを履いている兵が2名いるが、他の兵達は編上靴と短ゲートルを着用している。

そして、上記の規定前と言う事もあり、規定の様にズボンの裾を巻いて短ゲートルを着用している兵はいない。

 


 

規定後の着用例

1943年3月21日に撮影されたこの写真では、全ての兵が規定通りにズボンの裾を巻いて、短ゲートルを着用している。
ただし、これは中隊の集合シーンで、中隊長の元に集まるために服装を正しているから当然の事とも言える。

 
規定後の着用例

この写真は、撮影日不明であるが、左の2名が統一規格帽を被っている事から、1943年6月11日以降に撮影された物と思われる。

上の写真とは打って変わって、この写真の兵達は規定を守っていない。

1943年2月5日付け通達は、ズボンの損傷を抑えるのが目的であり、直接的に兵士達の利便性や生命に係わるものでは無かった。

こうした規定はしっかりと身に付くのに時間が掛かるので、既に前線に出ている兵士達に徹底させるのは難しいと言われている。

したがって、規定後に入営した新兵はともかく、古参兵達は上の写真の様に特別な場合を除いて、この新しい着用規定を厳密には守っていなかった様で、規定違反の写真が数多く残っている。
  
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本サイトに掲載されている文章及び画像の無断転載はお断りします。Copyright  2013  STEINER

07.Jan.2000 公開
08.Jan.2003 改定
16.Jan.2003 改定

23.Nov.2013 全面改訂

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