このページではドイツ軍の31年型飯盒の携行法を紹介します。
   

はじめに
 
本コンテンツでは、 31年型飯盒:Kochgeschirr31の携行法を紹介する。
ドイツ軍の飯盒は、”炊事用具と言うよりは”野戦食器”としての性格が強いため、フィールドキッチンから温食を給与される場合等にも必要な装備であり、兵士達にはもっとも身近な装備の一つであったと言えるだろう。飯盒の携行法は状況に応じて、水筒と共に雑嚢に装着して携行される他、歩兵の戦闘用簡易背嚢(Aフレーム)や背嚢に収納されて携行される事があっ た。


   
飯盒用ストラップ:Kochgeschirr Riemen







飯盒用ストラップ : Kochgeschirr Riemen
 
飯盒用ストラップは飯盒携行用の専用ストラップで、飯盒をAフレームや雑嚢に装着する際に使用された。

写真上:上2本が飯盒用ストラップの表裏で、下はコート用ストラップである。
飯盒用ストラップは、コート用ストラップよりも長く、コート用ストラップの長さが概ね55cmなのに対し、65~68cmである。
また、コート用ストラップの長さ調節ホールは17mm間隔で17個のホールが開けられているのに対し、飯盒用ストラップの方は、17mm間隔で9個のホー ルが開けられている。
(上の写真のコート用ストラップには、19個のホールがあるが、ストラップ先端の2個は後から開けられたもの)

写真左:
飯盒用ストラップとコート用ストラップの比較。
飯盒用ストラップ(写真上)には、バックルの後ろにベルトを通すループが3個付けられていて、飯盒の持ち手を固定出来るように作られている。
一方のコート用ストラップ
(写真下)は、ロール状に巻いたコートや毛布留めた後、そのまま背嚢等に装着出来るように、金具で 固定出来る装着専用のベルトが付けられている。



 
 
飯盒用ストラップのバリエーション
 
写真上:1941年より導入されたウェヴ製ストラップで、上が飯盒用ストラップ、下はコート用ストラップである。

写真左:ウェヴ製ストラップの金具。
上からバックル金具の表裏面。ストラップの先端金具の表裏面である。

ウェヴ製ストラップは、専用バックルが付けられていて、ホールは無い。また、先端にはほつれ防止の金具が取り付けられているのも特徴である。



飯盒と飯盒用ストラップ

画像は、1939年製のフィールドグレーに塗装された31年型飯盒に、飯盒ストラップを装着した状態を示す。



飯盒と飯盒用ストラップ

写真上:飯盒用ストラップで、飯盒の持ち手を固定した状態を示す。

飯盒の持ち手は、太さ約3mmの鉄製の針金で作られていたが、携行時には固定しておかないと、持ち手が変形したり壊れる事があると考えられたのであろう。

実際残存する飯盒の中には、この持ち手がかなり変形した物が散見されるが、通常の使用で変形した訳ではなく、携行時に固定されていなかった持ち手が、引っ かかったりして変形した物ではないかと思われる。

写真左:飯盒のベルト通しに、飯盒用ストラップを通した状態を示す。

この画像で、飯盒用ストラップのベルトループと、飯盒の持ち手の位置関係が理解できるであろう。
Tornister 34 :34年型背嚢



34年型背嚢と飯盒
 
1934年に採用された34年型背嚢には、飯盒収納用のポーチが設けられており、その中に飯盒を入れる事とされた。
歩兵が移動の際、常に背嚢を背負っていれば良いが、その機動力を高めるために背嚢や衣嚢を輜重部隊に託す様になり、食事の度に背嚢の中から飯盒を取り出す のが困難な状況が想定され、39年型背嚢ではこの飯盒用ポーチが廃止されたと考えられる。
(通常背嚢は中隊付段列によって輸送されたが、行軍中の輜重部隊は大隊単位で行動したので、各中隊とはかなり離れた位置にある事があった)

写真上:34年型背嚢とその収納物の例。

写真左:ライベートに掲載されている、背嚢の収納についての図版(Bild 11. Gepackter Tornister)。中央に飯盒が描かれている。
34年型背嚢の飯盒入れ
 
34年型背嚢の内部に設けられた飯盒用ポーチ。

ポーチの上部が背嚢本体に縫い付けられているため、飯盒を出し入れやすくするためのスリットが、ポーチ前面に設けられている。

スリット上部には、飯盒を出し入れした後に、スリットを閉じるための革製ベルトと金具が付けられている。

また、スリットの下端部には、補強の為の三角形の革辺が縫い付けられている。
飯盒カバー:Kochgeschirrtasche
 

 
飯盒カバー:Kochgeschirrtasche
 
1939年に新型の背嚢が導入され、背嚢内部の飯盒用ポーチが廃止されると共に採用された。
因みに、34年型背嚢は、39年型背嚢が採用された後も生産されており、Dリング付サスペンダーに取り付けるタイプの物が存在する一方、39年型背嚢で も、サスペンダー付の物が生産されたいたので、一概に34年型背嚢が初期の装備であったとは言えない。





飯盒カバー:Kochgeschirrtasche
 
フィールドグレーの生地で作られた飯盒カバー。

サイズは巾:240mm 高さ:160mm
スリットの長さは75mm

作りは背嚢内部に縫い付けられていた、飯盒用ポーチを殆どそのまま踏襲した物で、単体ではあまり必要を感じないスリットも設けられている。

写真の飯盒カバーは陸軍用の物で、フィールドグレーの生地で作られているが、空軍用はブルーグレーの生地で作られていた。

ディティール
 
スリット上部に付けられた革製ベルトの裏側には、写真の様なメーカー刻印が打刻されている。

”R.E Schone”
”Ohorn i, Sa.”

R.E. Schone社 同社の所在地はザクセン州のオーン

他に製造年等のスタンプ、刻印は無い。




飯盒カバーと飯盒

写真上は飯盒用ストラップを付けた飯盒と飯盒カバー。

飯盒は元々アルミ製であったため、鉄と比べると錆びにく く軽量である利点がある一方、塗料の乗りが悪いため、残存アイテムを見ても分かるように塗装が剥がれやすく、背嚢に収納する際にむき出しでは、他の物とこすれると塗装が痛むため、 この様なカバーが用意されたと考えられる。

写真下は飯盒カバーに収納した状態を示す。

画像でも解るように、飯盒カバーは余裕のあるサイズで作られているので、スリットを開ける事無く簡単に飯盒を出し入れする事が出来る。
スリットは背嚢の中に縫い付けられていた、パーツとしての飯盒ポーチには必要であったが、独立した装備として見る限りには不要である様に感じる。
 
飯盒カバー:Kochgeschirrtasche
 
オリーブグリーンの生地で作られた飯盒カバー。

作りやサイズは上で紹介したフィールドグレーの飯盒カバーと同じである。

 
ディティール
 
この飯盒カバーのベルト部には、メーカー名と製造年が打刻されている。

メーカー名は”HÖFGEN & CO.”

メーカー所在地の”OBERLICHTENAU:オーバーリヒテナウ”は、ドレスデン北西に位置する。

その下の1940は製造年を示す。
Aフレーム:Tragevorrichtung (Gefechtsgepäck für Inf.)

AフレームとA フレームバッグ

1939年にDリング付き重装備用サスペンダー、39年型背嚢と共に採用された、AフレームとAフレームバッグは、歩兵の戦闘用簡易背嚢として開発採用され、戦争中期頃までの 基本装備運搬具として、あらゆる戦場で使われた。

AフレームとAフレームバッグは、背嚢同様にDリング付き重装備用サスペンダーに直接装着出来る他、背嚢に取り付ける事が出来た。これは前述の様に、行軍中に背嚢 を輜重部隊が運搬する際に、各兵士が必要最低限の装備を自身で携行出来るだけではなく、その状況に応じて個人が携行する装備の量を選択出来る様になった事を意味している。

因みにAフレームには、個人装備類を入れるAフレームバッグと飯盒、ツェルトバーンを取り付ける事が出来、Aフレームバッグには小銃用クリーニングキットの他に、セーターやテント用ロープ、携行食等を入れる事になっており、コート用ストラップを使用すれば、コートや毛布も装着出来る様に作られている。

これらは、緊急で野営をする場合の、必要最低限の装備で、Aフレームはこれらを携行するための物である。

写真はAフレームバッグを取り付けた状態のAフレームである。

Aフレームと飯盒
 
写真左:Aフレームに飯盒とツェルトバーンを付けた状態。
 
当時のマニュアルでは飯盒は写真の様に蓋を左側にして装着する様に書かれているが、実際の写真では飯盒を立てて装着している兵士達もい た。

飯盒をAフレームに、縦横十字にストラップで固定している場合は別として、飯盒用ストラップ(Aフレームにも共用)を破損、もしくは紛失したため、長さの 短いコート用ストラップを代用すると、飯盒を縦にしないと装着出来なかったため、と言うケースもあったかと思われる。

写真下:上の画像同様、Aフレームに飯盒とツェルトバーンを付けた状態を左右斜め上方より見たもの。

この画像の31年型飯盒も、1939年製のフィールドグレーに塗装された物 で、ツェルトバーンは1940年製である。

Aフレームを背嚢に装着



行軍装備


39年型背嚢にコート(ロール)と毛布、Aフレームを装着した状態。背嚢の輸送に車両を使用しない徒歩行軍が必要な場合は、この様に背嚢にAフレームを付 ける事が出来た。これによって、背嚢の容量に余裕を作る事と、飯盒を簡単に脱着する事が可能になった。

雑嚢:Brotbeutel



雑嚢と飯盒
 
前述のAフレームは1941年に生産が中止され、在庫が支給された後はこの様な簡便な装着用装備は支給されなかった。
それ以降はもっぱら飯盒は専用ストラップを用いて雑嚢に装着されて携行された。
 
写真上左:31年型雑嚢の初期生産タイプ。
 
写真上右:飯盒を雑嚢に装着するには、飯盒用ストラップを飯盒のベルト用金具、雑嚢のDリングと革製ベルト通しに通した後、飯盒の下部でバックル金具を留める。
 
写真下:31年型雑嚢に装着された31年型飯盒。左の写真は初期型(全て1939年製)の雑嚢と飯盒、水筒、右は1942年から1943年頃(戦争中期)>に作られた雑嚢と飯盒、水筒の組合せ例である。



  
   
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24.Jul.2001 公開
27.Jan.2004 改定
11.Sep2011 全面改定
02.Oct.2011 改定
01.Mar.2017 増補改定
  
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