このページでは、ドイツ陸軍の雑嚢の中身を 紹介します。

   

はじめに
 
 本コンテンツでは、ドイツ軍の”31年型雑嚢:Brotbeutel 31”の中身を紹介する。
”Brotbeutel ”はパン袋の意であり本来 糧食袋とでも訳した方が正確で、いわゆる雑嚢とは若干ニュアンスが異なる。
1970年代に欧米で発行された軍装本などには、”Brotbeutel 31”の中には生活用品を入れている写真が紹介されているが、これは戦時中に、鹵獲したドイツ軍の”Brotbeutel”を生活用品等の私物入れとして、重宝したアメリカ兵達の経験が影響しているのかもしれない。
おそらく、こういった洋書の影響で、先人達は”Brotbeutel” の訳語に”雑嚢”を当てたものと思われる。
私達の世代も、生活用品等を”雑嚢の肥やし”と称して収集したものであるが、実際には生 活用品の多くは”背嚢:Tornister”や”衣嚢:Bekleidungssack”、”リュックサック:Rucksack”、さらには野戦服のポケット等に入れ て携行されていた。
そして、戦闘装備でもある”Brotbeutel”には、軍用パンや パンに塗るラード、その他の携行食が入れられていた。


本コンテンツを制作するにあたり、貴重なコレクションを取材させて下さった大林氏、写真を提供して下さったschmidt氏、SAM . MOTOJIMA氏、更に今回コンテンツを全面改訂するきっかけとなった証言を下さった、元兵士のSchote氏に、この場であらためて感謝の意を表しま す。

  




雑嚢の中身
 
31年型雑嚢の中身としては、紙で包装されたり、紙箱に入れられたパン類(缶詰もあった)、パンに塗るバターやマーガリン、ラードを入れたファットコンテナ、肉やスープなどの缶詰類、戦闘糧食:(コンバットレーション)、時としてリンゴなどの果物やチーズなどが入れられていた。

上の画像はあくまでイメージで、紙箱、紙包みのパンや缶詰はレプリカを使用した。また、折りたたみ式スプーン&フォークや缶切り、エスビット等が写っているが、これらは必ずしも雑嚢の中身であった訳では無い。

携行食



写真提供:schmidt氏

携行食の配給風景

ドイツ軍の携行食に、一つの箱にまとめられた戦闘糧食(コンバットレーション)が加わったのは、1943年頃と言われており、それまでは、軍用パンと缶詰などが個別に配給されていた。

また、箱詰めされた、戦闘糧食(コンバットレーション)も、連食性(同じ物を連続して食す時に、飽きる事に対する配慮)を考慮した物では無かったし、その供給量も全将兵に行き渡る物では無かったので、最後まで様々な食品を組み合わせて配給する方が一般的であったと言われている。

画像はそういった食品の組み合わせの配給風景を捉えたもので、壁際には軍用パンが積み上げられ、手前のテーブル上には、”UNION-KEKS”という銘柄の箱入りビスケットや何かの紙包み(キャラメルと思われる)が置かれている。
こうして配給された糧食を携行する場合に、前線では主に雑嚢が使用された。(背嚢やAフレームバッグにも缶詰を入れる事は出来たので、その時の状況に応じて使い分けされたものと思われる)
また、大きな塊のままの軍用パンは、雑嚢には入らないので、背負子にくくりつけている写真なども残っている。





大林氏コレクション 

クネッケブロート:Knäckbrot

ドイツ軍で配給していたパン類には、製パン中隊が焼いた軍用パン以外に、より保存性と携行性に勝るクネッケブロート、缶入りパンや乾パン、ビスケット等があった。

画像は、内容量125gの箱入りのクネッケブロートである。

この箱には
Hersteller:
Norddeutshe Knäckbrotwerke
Hecke & Co. - Hamburg

生産者
北ドイツクネッケブロート製造所
Hecke & Co. -ハンブルク

とプリントされている。

ファットコンテナ(ラードケース):Fettbüsche

1938年に採用された、パンに塗るバター、マーガリン、獣脂を入れるためのベークライト製コンテナで、画像のオレンジの物以外に、ベージュや黒のタイプもある。

サイズは、直径(最大)111mm、厚みは30mm。

パンを食の中心に置いていたドイツ軍兵士にとっては、無くてはならない装備の一つと言えよう。

このオレンジ色は、いわゆる軍用品のイメージからすると、かなり派手な色である。

他に同色の物としては、ガスマスク用のフィルターに装着して使用する、緊急時用のマウスピースが ある。



ファットコンテナ(ラードケース):Fettbüsche

スクリュー式の蓋を開けると、ガラス製の容器が収納されているが、未使用品以外の残存物では、このガラス容器は殆ど失われている。

ガラスの器の直径は93mmで、コンテナの内径95mmより一回り小さいため、蓋を閉めても振るとカチャカチャと音がする。

内容物をガラス製の器に入れる事で、入れ替えの便を図ったのではないかと思われるが、ガラス自体の重さと音がする等の扱いにくさから、当時から兵士達に嫌われて取り除かれていたのか、戦後ガラスの器のみ回収されたのかは不明。

因みにガラスの器を除いたコンテナの重量は個体差はあるが90~95gなのに対し、ガラスの器は100gある。



缶入りチョコレート:Sch-ka-kola


1940年からは、ブドウ糖タブレットかドロップ、ドライフルーツとセットで、装甲部隊の特別携行食: ”Sonderverpflegung”としても支給されていた缶入りチョコレート。

製造は当時ベルリンにあった、カカオ&チョコレート製造会社で、内容量は50g×2枚で100gであった。


カフェインを多く含んでおり、戦争末期には夜間戦闘機部隊などに優先支給されたという逸話もある。

缶にプリントされている1941は製造年を示しており、規定では1945年1月1日から1945年12月31日の期間に消費する事になっていた。

1939年版のWehrmacht Verwaltungsvorschrift für die Heeresverpflegungsdienststellen :国防軍管理規則 陸軍糧秣部門用によると、SchokakolaのVerbrauch:消費期限は4年、Lagenzeit:貯蔵期限が3年、 Haftpflicht der Lieferer:納入者賠償責任期限が2年となっている。



ディティール

画像上は、缶の蓋を開けた状態で、この缶の中には茶色のセロファンに包まれた、円盤状のチョコレートが2枚入っている。

チョコレート一枚は50g、通常は1回に1枚食す事になっていた。

画像左はチョコレートの表面で、8分割に割れるように溝が切られており、セロファンで包まれているため 画像では見えにくいが、中央部にはメーカーマークの、馬に乗った騎士の図柄がモールドされている。

”Sch-ka-kola”に関しては、バリエーションも多く、当 時の民生品、酒保業者が扱っていたタイプや、紙製の容器、紙箱入りの物の他に、軍用でも製造年の入っていない物や、年号の他に製造月が入った物などもあっ た。

これらに関しては、あらためて糧食のコンテンツで紹介する事としたい。


サッカリン:Saccharin


画像は、コーヒーやココア、紅茶などの飲み物に入れる、砂糖の代用品として支給されたサッカリンである。

紙箱の方には、100 Tabletten:100錠のとあり、紙袋の方には、Kristall-Süßstoff:サッカリンの結晶(顆粒)とプリントされている。

また、紙箱には、”コーヒーや茶、ココア等の飲み物に”、紙袋の方は内容量は1.25gであるが、”砂糖に換算すると、550gに相当する”とも書かれて いる。

サッカリンは1878年にコールタールの研究中に偶然発見された、人口甘味料の一つで、摂取してもカロリーとならない。第一次世界大戦時に、砂糖が不足して急速に普及した。

同じ甘味でも、ブドウ糖タブレットの様に栄養面での効果は無いので、嗜好品であったと言えよう。

携行食の関連アイテム




ス プーン&フォーク 缶切り 等

初期の飯盒には、折りたたみ式のスプーン&フォークを固定する金具が付 いていて、スプーン&フォークを格納する事が出来たが、新型の飯盒ではこのギミックが略されてしまった。
固定金具の無い飯盒に、そのままこれらカトラリを入れて歩くと音がうるさいので、野戦服のポケットに入れて携行する事も多かったそうである。
当時の兵士の証言では、「カトラリは雑嚢に入れていた」と「雑嚢には口に入れる物(食品)以外は普通入れなかった」とあるので、必ずしも雑嚢に入れていた物で は無い。


エスビット:Esbit:(携帯用ストーブ)

エスビットはポケットサイズの個人携行用ストーブで、タブレット状の固形燃料:Trocken-Brennstoffを燃やし、飯盒や水筒のコップ等の中身を温める事が出 来た。

サイズは縦73mm、横97mm、厚20mm。

画像はエスビットの紙箱と、収納状態のエスビットである。

エスビットは、固形燃料を燃やす本体に、左右に分割した蓋を付け ただけの、非常に単純な構造で、内部に紙箱入りの固形燃料(20個入り)を収納できた。
また、蓋は立てる事で五徳となるが、半開状態と全開状態で固定できる様に作られている。


エスビット:Esbit:(携帯用ストーブ)

蓋を開けたエスビット
画像では、紙箱入りの固形燃料を収納した状態になっている。

固形燃料の箱には

INHALT:20 TABLETTEN
Esbit
Trocken-Brennstoff
ZUM KOCHEN UND WÄRMEN

内容量:20錠
エスビット
固形燃料
調理と温め用

とプリントされている。

戦闘糧食(コンバットレーション)


  写真提供:SAM . MOTOJIMA氏
パッケージ

ドイツ軍の戦闘糧食(コンバットレーション)は、前述の様に1943年頃に登場したが、通常の給食が難しい状況に陥りやすい、前線の歩兵部隊や、装甲部隊に主に供給されたため、比較的後方に展開する部隊に配給される事は少なかった。

こうした戦闘糧食は部隊単位で輸送し、食べる時に配給するか、あらかじめ各兵士に配られ、雑嚢等に入れて携行された。

画像のパッケージは、白いボール紙製の箱に赤文字で”Für Frontkämpfer im Großkampf:偉大なる戦闘に従事している前線将兵用”とあるが、この他にも”Nur für Frontkämpfer im Infanteriverband:歩兵部隊に所属する前線将兵用”や”Zusatzverpflegung für Frontkämpfer im Infanterieverband:歩兵部隊所属の前線将兵用追加口糧”等のバリエーションがあった。


  写真提供:SAM . MOTOJIMA氏
内容物
前述の様にパッケージにはバリエーションがあったが、これらの戦闘糧食は基本的にはビスケットをメインに、ドロップ,
キャラメルやチョコレート、ドライフルーツを組み合わせた物に、紙巻タバコとマッチを加えた物であった。

これらの内容物に関しては、数種類のバリエーションが確認されているが、各々の銘柄(メーカー)が異なっているだけで、大きな違いがあった訳ではない。

この画像では、乾パンの他にロール状のドロップが写っている。親指の近くに写っている紙箱は、”Juno”と言う銘柄の紙巻タバコである。


写真提供:SAM . MOTOJIMA氏 
内容物

この画像では、ビスケットの他にフルーツバー、キャラメル、紙巻タバコが写っている他、手に持ったドロップの文字が確認できる。

これらのビスケットやドロップには、ビタミンを添加した物もあったが、これも戦闘糧食用に作られた物では無く、以前より軍に納入されていた製品である。

前述の通り、1940年には装甲部隊用の特別携行食が導入されたが、内容物的にはビスケットとタバコを加えて、箱詰めにしたのが、この新たな戦闘糧食の特徴と言える。
いずれにしても、手軽に高カロリーの摂取ができる事が目的で、連食性云々は度外視されていると言って良いだろう。

ちなみに、陸軍用のスープ缶詰は、12種類のメニューがあり、こちらの方が連食性が考慮されていた。
34 年型小銃用クリーニングキット:Reiningungsgerät 34

34 年型小銃用クリーニングキット:Reiningungsger>ät 34

1944年11月に採用された末期型雑嚢には、この小銃用クリーニングキット用のポケットが付けられた。

小銃用クリーニングキットは、画像左にある鋼板プレス製の収納缶に、小銃の通常分解清掃に必要なキットが収められた物で、収納缶のサイズは、縦 133mm、横86mm、厚23mmである。

収納缶の内部は2室に分けられていて、片方にはモップ状の紐の束が入れられ、もう片方には汚れを落とすブラシと、オイルを引くブラシ、銃身内にブラシを通すためのチェーン、オイラー、薬室内等をモップで清掃する際や、弾倉分解用の工具にもなる栓抜き状の工具が収められている。

画像下が、収納缶とセットの内容物。

画像の左上より栓抜き工具、クリーニングブラシ、オイラーブラシ、オイラー、収納缶、モップ、下がチェーンである。




  

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12.May.2012 全面改訂
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