ここでは、1939年制定の一級鉄十字章の展示をしてい ます。
   
はじめに
ここでは、一級鉄十字章:Das Eiserne kreuz 1. klasse(1939)の展示をしています。
今回のコンテンツを制作するにあたり、貴重な勲記資料を貸して下さった滝口さん、鉄十字 章の解説と、第一次世界大戦の鉄十字章・鉄十字章1939の飾版の画像を提供して下さった08/15さんに感謝の意を表します。
 
鉄十字章:Das Eiserne Kreuz 又はEisernes Kreuz
 
ドイツの軍人の象徴ともいうべきこの十字章は、1813年プロイセン王フリードリヒ・ ヴィルヘルム三世によって対ナポレオン解放戦争時に制定されて以来、1870年(普仏戦争)、1914年(第一次世界大戦)そして1939年(第二次世界 大戦)とプロイセン王国及びドイツ帝国の主要な戦争ごとに復活(再制定)してプロイセン/ドイツ軍人の胸を飾ってきた。

この鉄十字章の特徴はいわゆる勲章とやや趣を異にする「戦功章」ということにあ り、たとえ政治指導者等の高官また将軍であっても、戦場において著しい勇敢な行為や卓抜した指導力を示さない限りは決して授与される事がなかった。総統ア ドルフ・ヒトラーが第一次大戦で兵士(兵長)として獲得した鉄十字1,2級(1914版)を生涯身に付けていたことがこの戦功章の地位を示していると言え よう。
 
1939年9月1日、まさに第二次大戦開戦の日に制定された鉄十字章1939の形態は黒 く着色された鉄製の44mm×44mm大の銀縁の十字章であり、中心にハーケンクロイツ(鉤十字)、下部に1939の年号が浮き彫りになっている。最下級 の2級章はこの十字を両端を黒、中心を赤、その間を白とした幅30mmのリボン(綬)で吊り下げているものであるが、戦場及び通常勤務時では上着の第二ボ タンホールに綬のみを斜めに縫い付けるか、小型のリボンである略綬を左胸ポケット上に付けているのが普通である。1級章は裏面の太いピンで左胸ポケットに 取付る。
この鉄十字章が初めて授与される場合は2級、更なる武功によって上級の1級章を受けるの が通常であるが、希に1級、甚だしい場合は更に高位である騎士鉄十字章を初叙される場合があり、その際は下級の鉄十字章を同時に受章したということであ る。
第一次大戦における鉄十字章1914の受勲者が第二次大戦において更に同級章を授与され た場合は、再受章を示す銀の飾版を同時に付けることが決められていた。この場合1級章自体は1914年版を付けているはずである。

第二次大戦では、この1級章の上位に騎士鉄十字章というやや大型の十字章 (48mm×48mm)をリボンで首にかける形の鉄十字章が5級に渡って制定され、更にヘルマン・ゲーリング国家元帥唯1人が受賞者である大十字章が最上 位に来たため、鉄十字章1,2級の相対的地位は第一次大戦におけるものより低下したようで2級章に至っては約230万個が授与されたと言われているが、や はり大戦を通してドイツ軍人の武勇の象徴として存在しつづけたことは事実と言えよう。戦後、ドイツ連邦では1957年にこの戦功章を、鉤十字を1939年 以前の意匠と同じく柏葉に置き換えて復活させた。従って第二次大戦における受章者はこの伝統ある戦功章を他の記章類と共に再び着用する権利を取り戻したの であった。

鉄十字章は外国人にも授与され、日本人では野村直邦海軍大将が2級章を着用してい る写真が残っているし、ドイツに派遣された伊29潜水艦長にも与えられたとのことである。又、在日ドイツ海軍将兵のために駐日ドイツ大使館海軍武官室が発 注して製作されたという日本製鉄十字章のことも、ドイツ軍人と不可分の存在であるこの戦功章を語る挿話であるといえよう。

(鉄十字章の解説は08/15さんが映画”戦争のはらわた”のパンフレット用に書 かれた物をコンテンツ用に直した物です。)

   
 

 
一級鉄十字章とケース
 
写真左:一級鉄十字章と一級鉄十字章のケース。
 
二級鉄十字章は紙の袋に入れられていたが、一級鉄十字章はこの様なケースに入れられてい た。
 
1939年制定の一級鉄十字章は終戦までに約30万個が授与されたそうである。
 
ちなみに授章資格は既に二級鉄十字章を授章していて”戦場における勇敢な行為”を3〜5 回行った者と規定されていたが、その功績が著しいと判断された場合には一級鉄十字章を初叙される場合があった。
 

 
一級鉄十字章1939
 
写真左:左が一級鉄十字章の表で、右は裏側を示す。
この一級鉄十字章はピンでとめるタイプだが、他にスクリュータイプ(ねじ式)の物も作ら れていた他、全体的に反りが付けられ正面中央が手前に出ている物や、海軍用に真鍮製の物も作られていた。
写真の様に裏側のピンの中央にメーカーを表す刻印が打刻されている物がある。
佩用位置
 
一級鉄十字章は通常写真の様に、左胸ポケットに付ける事になっていた。(戦車搭乗服やフ リーガーブルーゼの様に胸ポケットが無い場合は左胸。)
写真では一級鉄十字章のみの佩用のため、ポケットの中央に付けているが、他の戦功章等を 付ける場合は一級鉄十字章を上にずらし、他の戦功章は基本的に一級鉄十字章よりも下に付ける事になっていた。(左胸ポケットに付けるメダルで高級党員章は 一級鉄十字章よりも上に付けていた。)
 
一級鉄十字章1914
 
写真左:左が一級鉄十字章1914の表で、右は裏側を示す。
1914年に制定された鉄十字章で、1813年に最初の鉄十字章を制定したフリードリ ヒ・ヴィルヘルム3世の頭文字の”W”と、王冠、制定年の1914がレリーフされている。
この鉄十字章は一般的に将校が授与する物とされており、一次戦で兵長であったにも拘わら ずこれを授章したヒトラー総統が終生これを左胸に付けていたのは有名。
ちなみに、一級鉄十字章1914は約17万個が授与された。
また、この画像の一級鉄十字章の裏側には、授章年月日の”1917年7月30日”が彫り 込まれている。
 
 
一級鉄十字章1939飾版
 
写真左:左が一級鉄十字章飾版の表で、右は裏側を示す。
 
これは第一次世界大戦で一級鉄十字章を既に授与されていた者が、第二次世界大戦で一級鉄 十字章を再授章した場合に佩用する物で、一級鉄十字章1914と一緒に着用する事になっていた。
 
   
一級鉄十字章の勲記
   
 
勲記
 
一般的にはあまり顧みられる事の少ない勲記だが、実際には受勲の証明書である勲記があれ ば勲章自体は私費購入も出来た為、多くの宝飾メーカーが様々な仕上げのメダル等を生産していた。
 
今回は滝口さんのコレクションの中から2枚の勲記を紹介します。
 
写真左:一級鉄十字章の勲記
 
1943年9月3日付けで陸軍第21歩兵師団・第45擲弾兵連隊・第1大隊・第1中隊所 属のFridrich Gross:フリートリッヒ・グロース兵長に授与された勲記。
(勲記の方のGroosはタイプミス)
 
勲記の一番上には、一級鉄十字章の図柄と総統兼国防軍総司令官の名においてとプリントさ れている。
 
その下には授章者の階級・氏名・所属部隊名。
 
更にその下が授章年月日。
 
その下が一級鉄十字章の正式名称。
 
一番下には師団印と証明者のサイン。
 
この勲記では、師団長(以後将官が師団長を務めている場合は師団司令官とする)の Gerhard Matzky 中将(1943年12月から1944年3月1日の第21歩兵師団師団司令官)がサインをしている。
 
 

 
勲記
 
これも同じく一級鉄十字章の勲記である。
 
書式は上の物と同じで
 
IM NAMEN DES FUEHRERS
UND
OBERSTEN BEFEHLSHABERS
DER WEHRMACHT
 
で始まり、VERLEIHE ICH DEM以降が授章者の所属部隊及び階級・氏名で
 
Unteroffizier Wilhelm Jost
ヴィルヘルム・ヨースト伍長
(勲記の方ではWilhelmのlが抜けてしまっている。)
 
10./Gren.Rgt.445
陸軍第134歩兵師団・第445擲弾兵連隊・第III大隊・第10中隊
 
DAS EISERNE KREUZ 1.KLASSE
一級鉄十字章
 
授章年月日は1943年の10月5日
 
証明者は師団司令官のSchlemmer中将のサイン。Schlemmer中将は 1941年12月から1944年2月まで第134歩兵師団の師団司令官を務めていた。
    
    
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17.Sep.2000 公開
30.Sep.2000 改定
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