ここでは、ルートヴィッヒ・ブルケ陸軍歩兵科上級曹長の勤務服に付いてきたプライベート写真を紹介しま す。
   
はじめに

今回は、以前紹介したルートヴィッヒ・ブルケ陸軍歩兵科上級曹長の勤務服に付いてきたプライベート写真を紹介します。これらの写真には 残念ながら一切キャプションが無い上、アルバムにも貼られていない為、写真の順番や状況等は全て想像でしかありません事をお断りしておきます。ただし、体 力検定章のドキュメントもついていたので、少なくとも第9歩兵師団に勤務していた時期がある事は確認されています。
なお、第9歩兵師団のキャプションに関しては、「欧州戦記資料」のマイソフさんから頂いた資料を参考に、また下士官制帽や旧型のコートに付いてはシュミッ トさんの助言を頂き書いています。ここであらためてマイソフさんとシュミットさんに感謝の意を表します。

   
ルートヴィッヒ・ブルケ夫妻のポートレート

この写真の軍服の肩章を見ると陸軍曹長と言う事と第36連隊所属と言う事しか判らない。36年型野戦服にしては第二ボタンの位置が高い 様に見えるが、第一ボタンと第二ボタンの位置関係からみて、これは5つボタンの36年型野戦服である。

野戦服、若しくは勤務服
 
襟には38年型各兵科共通の襟章が付けられていている様だが、肩章も兵科色の無い旧型の角形肩章を付けているので、こうした着用例だと実際に服を見ても兵 科が判断出来ない。 
胸ポケットの上に陸軍勤続章が付けられているのに注意。
白馬に跨るブルケ

ダークグリーンの襟のM36野戦服(ボタンの間隔から判断して、この服は5ケボタン)に下士官制帽と言う出で立ちから、かなり初期の写 真と判断したが確証は無い。
残念ながら建物や廻りの風景からも場所を特定出来ないが、ルートヴィッヒ・ブルケは他のドキュメントから1938年から1941年迄は 第9歩兵師団の36連隊、第II大隊、第8機関銃中隊に所属していた事が確認されている。
襟章が38年型だとすれば既に第9歩兵師団に所属していたと考えられるのだが、この写真ではちょっと判らない。
ちなみに第9歩兵師団はIX管区:Kasselで、第36・57及び116歩兵連隊と第9砲兵連隊から成り、1943年秋から翌年にかけて、ウクライナで 壊滅的な損害を受け、デンマークに撤退して第9擲弾兵師団に改編されている。
更に、アルデンヌ攻勢時には第7軍・第53軍団に属し、突出部の南の付け根に当たるトリーア付近に展開。大戦末期(1945年4月)になってSS第13軍 団に配属されているが、このときには師団司令部を除くすべての隷下部隊が壊滅してしまった。

乗馬の練習中のスナップだが、第二次世界大戦でも、馬は重要な輸送手段であり、また、下士官や将校にとっては乗馬は重要な素養でも あったので、この写真から兵科を特定するのは難しい。 ドイツ陸軍の一般的なマニュアルにもしばしば馬の事は詳しく書かれているが、こういった乗馬の練習中の写真はあまり見た事が無かった ので興味深い。
下士官の集合写真だが、左から3人目がブルケの様だ。こうしてみると彼はかなり小柄である事が判るが、それは彼の勤務服とも一致して いる。
下士官が全員官給の制帽を被っている事と、これだけ下士官がいるのに野戦服に戦功章が一切付いていない事、武器を携帯していない状況から戦前もしくは後方 のポートレートだと思われるが、乗馬ズボンや乗馬ブーツを履いている下士官がいるのが興味深い。
乗馬ズボンの内側に皮革製の補強がしてあり、馬に関係ある(本格的に馬に乗る)兵科の様な感じがする。上の乗馬練習の写真との関連から、第9歩兵師団の前 に騎兵等の他の部隊にいた可能性もあるかもしれない。
一番手前の下士官が着ているコートの襟がコート本体と共色に見えるが、これは33年型の旧型コートかもしれない。(その後1935年までは襟の色はライト グリーンに、35年以降はダークグリーンに変わる。)
この写真もコメントが難しい写真だが、兵士の服装やジャックブーツの長さと、地元の子供達が一緒に行進している雰囲気から戦前か,戦 争初期のドイツ国内の写真と思われる。兵士達はヘッドギアを着用していない上に武器も携帯していないが、一体どの様な状況なのだろうか?。
(1939年よりジャックブーツの長さは短く変更された。ブーツは消耗する期間が割と短いので1942年以降の写真には殆ど長いジャックブーツは写ってい ない。)
   
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02.May.2000 公開
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