ここでは、ルートヴィッヒ・ブルケ陸軍歩兵科上級曹長の勤務服の展示をしています。
   
は じめに

今回紹介する勤務服は41年型野戦服を改造した物で、下士官の勤務服がどの様な物であったかを知る例として面白い資料です。どうぞゆっくり御覧下さい。
   
下士官の勤務服

 この服は一見すると、ダークグリーンの襟が付いている事から、かなりコンディションの良い36年型野戦服に見えるが 良く見ると、前のボタンが6ケ(M36は5ケ)になっている事に気が付く。
また、ウール生地の色も1941年頃の色の感じがする。
そこで、これからじっくりとこの服が何なのか観察してみることにする。

まずは、スタンプを見る。
 
メーカー名のスタンプは残念ながら半分以上読みとれないが、製造年とサイズスタンプは極めて鮮明に残っていた。
H42・41・40・86・70・61とあるが、これでこの服が1942年製で、肩幅42cm・首回り40cm・胸囲86cm・着丈 70cm・袖丈61cmであることが判る。
また、写真上の方の生地の色が少し異なる部分が、実は大きなパットで、この服を改造した時点で取り付けられた物。
この様に大きいパットを入れた服は初めて見たが、背中には無いので防寒用とは思えない。
本人の野戦服姿の写真も、かなりガッチリした体型の様に見えるがパットを入れているかどうかは判らない。
次に襟を観察する。
 
製造年が1942年であれば、当然襟は服と共生地であるのが標準であるので取り付け部分を良く見ると、大きなパットの方が襟の生地の下 に入れた状態で縫い付けられており、やはり襟も取り替えられた事を示している。
これは、当時下士官クラスでも良く行われた改造で、旧型の服を着用する事で、自分が古参である事を示す為の物であり、野戦服でも良く見 る事が出来る。
写真に白い帯の様に写っているのが、布製のカラーである。これは5カ所のボタンで脱着出来る様に作られている。
カラーはこの服に付いて来た物では無いが、通常は付けていたので参考までに取付状態を撮影した。
続いて反対側を見ると。
 
一見軍用とは思えない鮮やかなグリーンの帯が脇の下に取り付けられている。 これは、サーベルを下げる時に使用する物 で、通常野戦服には付けられていない。
使用時には、茶革で補強されたスリットにこの帯を入れ、腰のポケットの中でサーベルを吊り下げる様になっている。
これで、この服が野戦服と言うより野戦服を改造して作った勤務服であると言う事がはっきりしてきた。
勤務服は野戦服の様に戦場で着る為の服では無いのでオシャレの要素が強く、戦争末期近くなってもダークグリーンの襟が好まれていた。
更に外見上の特徴として。
 
この服では勤務服に改造する時に、野戦服では袋状の作りになっている腰のポケットも、単純な張り付け形のポケットに直してある。 「よりスマートな服」に仕上げるために行った改造で、ポケットの取付位置も15mm程度上にずらしてある。 これは、 腰ポケットの取付に使用してある糸が胸ポケットとは異なる事と、服の裏地にかすかに残るミシンの縫い痕からはっきりと確認する 事が出来る。 ポケットの取付位置に関しては、同じ場所では布の強度も落ちたり、以前の縫い痕が見えてしまう事があるためと思われるが、 服の製造時期 を考えるとかなり見栄えに神経を使った服だと言って差し支え無いだろう。
そしてその裏側には
 
(A)が今回の勤務服で本来ここに付いていた包帯用ポケットは取り去られている。と言うより腰ポケットの改造時に取ったと言うのが正し いだろう。
 
(B)がM42野戦服の包帯用ポケットに包帯(白のパッケージの中に消毒済みガーゼと包帯が入っている。)を入れている状態。
 
(C)はSSのM43野戦服の包帯用ポケット。こっちは完全に包帯を収納してボタンも締めてある。
 
そう言えばAの服はこの包帯用ポケットのボタンのみが残されているが、カラー取付用ボタンの予備の為にわざと残したのであろうか。
もう一つ面白いのが
 
背面腰のベルトフック金具を出す穴の所で、一番下の穴から襟を止めるフックに使う金具が出ている。(写真左矢印・右が詳細)全部で4カ 所あるフック用の穴でこの金具が付けられているのはここだけで、銃剣を装着した時の配慮であると思われる。
ベルトフックについて
一つ上でふれたので、この際ついでに野戦服のベルトフックについても説明しておく。 ドイツ軍の装備は以前のコンテン ツでも説明したとおり、ウエストベルトを中心に装着される。 このため野戦服にはウエストベルトを固定するベルトフック金具を取り付ける 為の工夫が施されている。
M36とM40野戦服のベルトフックは内装式のストラップに付けられていた。これは、服自体に負担を掛けずに服を長持ちさせる効果と、 装備の重さを肩から吊る事を目的とした物だが、M42からは省略され上の包帯ポケットが写っている写真の様に短いストラップが服に縫い付けられる様に変更 された。
写真のAとBがその内装ストラップの両端で服の裏地のスリットを通して肩から吊る形になっている。(Cは内装式ストラップ)
Dがベルトフック金具をストラップに取り付けた状態。Eはベルトフック金具を示す。
この服の徽章について。
この服には御覧の通り先端が角形の初期の肩章(A)が付いて来ましたが、これも自分が古参の下士官であることを示したかった為と思われ ます。本来角形肩章には連隊番号のモノグラムが付けられていて(B)、下士官の場合は兵科は襟章で判断されるシステムでしたが、(C)のタイプの肩章から は兵科色の縁取りが付けられるようになりました。
(D)は(C)の裏側で、グレーに見えるのが戦前のストレートズボンの生地です。
襟章は歩兵の兵科色の入ったわりと初期のタイプ(1)が付けられていますが、参考までに (2)初期の各兵科共通襟章・
(3)もう少し後の兵科色付き襟章・ (4)後期の各兵科共通襟章を並べてみました。
最後に蛇足ではありますが

この服には左胸のポケットに勲章を付ける為のループが2カ所、ポケットの上には略授のリボンを付ける為のループも付いていました ので、着用時にどの様な形であったかを想像してみましょう。
実際にはこの服の場合付属のドキュメントから、体力検定章が付けられていた事と、陸軍勤続章が付けられていた事、更に2級鉄十字章若し くは戦功十字章が授与されていた事は確認出来ていますが、少し正確な考証に拘らず楽しんでみました。
服の第2ボタンのホールには2級鉄十字章や戦功十字章のリボンは付けられた形跡も無く胸ポケットの上に付けられたと想像出来ますので、 勇敢な歩兵科上級曹長さんだったらと、戦功略授リボンは2級鉄十字章と東部戦線従軍徽章、更に古参と言う事でズデーテンラント従軍徽章をチョイスしてみま した。本来は陸軍勤続章が付くべきなのですが。
また胸ポケットにはドキュメントに従い体力検定章を付けてみましたが、その上に付けられるサイズの勲章は?と言うことで1級鉄十字章を 付けてみました。
更に古参の雰囲気を出すためベルトバックルもアルミ製の初期の物を添えてみましたが、1番上の写真と比べて如何でしょう?かなりお洒落 になったと思いませんか?

   
今回は私が一着の服を入手した時に、どの様にその服を見て考えるかを簡単なプロセスを含めてコンテンツにしてみましたが如何で したか?。この様にして観察すると同じ年式の服でも色々な相違点や共通点が発見され、その服の設計思想の様な物も垣間見る事が出来ます。実物の軍服に触れ る機会がありましたら是非試して下さい。
   
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29.Mar.1999 公開
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