このページでは、ドイツ陸軍のシャツ(ヘム ト)を紹介します。

   

はじめに
 
今回は、ドイツ軍のシャツ(Hemd:ヘムト)を紹介 する。本コンテンツを制作するにあたり、貴重なアイテムを取材させて下さった、 クラウゼの山下氏と、貴重な画像を提 供して下さった北村氏に、この場であらためて感謝の意を表します。

  


 

シャツ(Hemd: ヘムト)

野戦服や戦車搭乗服の下に着用するシャツは、私費購入などの例外を除くと、基本的には全てがプルオーバーシャツであった。このシャツにも年代や季節、戦域 などで様々なバリエーションが存 在したが、本コンテンツでは一般兵科用のシャツと、専用のシャツが存在した装甲科のシャツについて、年代順に代表的な物の変遷について紹介する。

まずは戦時中にも着用されていた、もっとも古いタイプの シャツは、ドイツ陸軍が1933年以降最初に導入したシャツで、33年型野戦服と共に1933年4月1日に導入された白い綿で作られた襟無し(スタンド カラー)のプルオーバーシャツであった。

欧米での一般的慣習通 り、このシャツも感覚的には下着の類とされていたため、常に上着(野戦服)を着ることと規定 されていた。しかし、ドイツ軍には明確な夏季用野戦服が無かったので、当時の写真でもシャツ姿の兵士達は決して珍しくは無い。




白い綿製プルオーバーシャツ

シャツの作りを簡単に説明すると、スタンドカラーの高さは2cmで、前に30cm〜36cmのスリットが設けられていて、3個の動物の角で作 られたボタンで留められていた。また、袖口には14cmのスリットが設けられており、これもボタンで留めるように作られていた。前述のように、感覚的には 下着であったこのシャツは、股間を完全に覆い隠す程度に着丈が長く、両脇の裾にも長さ19cm〜24cmのスリットが設けられていた。

また、このシャツの 上に野戦服を着る際、首が野戦服の襟の内側に触れるので、野戦服の襟の内側に脱着式の布製カラー(Kragenbinde)を取り付けるか、首に前掛 け状の(Halsbinde)を装着することも規定されていた。

写真左は、野戦病院で撮影された”おふざけ写真”であるが、左の兵が白い綿製プルオーバーシャツを着用しているが、ズボンをはいていないので、シャツの着 丈が長いのがわかる。

白い綿製プルオーバー シャツ

東部戦線でパンを焼いている兵士のカラー写真であるが、中央の兵が白い綿製プルオーバーシャツを着用している。
襟無しの白い綿製プルオーバシャツに関しては、襟付きシャツの導入後も着用され続けていて、戦争末期の写真でも確認できるが、戦争末期に再び支給された例 もあ るらしい。

左に女性が2名写っているが、現地雇用のロシア人か?。
手前の女性は、ドイツ軍の行軍靴を履いているようである。

 取材協力:クラウゼ


   取材協力:クラウゼ

1938年製 襟付プルオーバーシャツ

襟無プルオーバーシャツは、何よりも必ず上着を着用しなければならないという問題が浮上して、上着を着用しな い場合の抵抗感が比較的少ない、襟付きのプルオーバーシャツが導入された。

この新型のプルオーバーシャツは、マウスグレーかダークグレーのニット製、もしくは上の写真の様に、フィー ルドグレーの綿製で、これらには前述の動物の角で作られたボタンの他に、新たに圧縮した紙製ボタンが導入された。
更に、これらのプルオーバーシャツには、白のスタンドカラーのプルオーバーシャツと同様、当初は胸ポケットが 付けられていなかった。

また、戦車搭乗員に関しては、戦車搭乗服の下には、当初より襟のあるシャツを着用するように規定されており、戦前から戦争初期に かけてのシャツは、マウスグレーかダークグレーのニット製プルオーバーシャツ、もしくはフィールドグレーの綿製プルオーバーシャツであった。また、外出時 には個人購入の白いシャツがしばしば着用されていた。


 取材協力:クラウゼ
ディティール

このシャツには画像のようなスタンプが押されていて、1938年製である事が確認出来る。

年号の上にはメーカー名と思われる文字がある様だが、判読不能。

また、年号の前のA.についても残念ながら意味が判らない。



マ ウスグレーのニット製プルオーバーシャツ

胸にポケットが設けられる以前の、マウスグレーのニット製プルオーバーシャツ。プルオーバーシャツに胸ポケットが設けられたのは 1942年中頃だったので、これはそれ以前の物である。
また、このシャツの前立は4個の紙製ボタンが付けられているが、第一ボタンと第二ボタンの間隔が他のボタンの間隔より狭く、第一ボタンを外して着用して も、そうだらしのない感じにならないようになっている。




リー ドグリーンのコットン製プルオーバーシャツ

1941年からは、夏季用、もしくは熱帯用としてリードグリーンの綿とレーヨン混紡のシャツも導入され、
戦車搭乗員向け には黒地のウール製シャツの支給が始まった。基本的に温暖な気候・地 域 では綿生地のシャツを、寒気下・寒冷地ではウール地のシャツを着用していた。戦車搭乗員に関しては、基本的にネクタイの着用が規定されていたが、指揮官が 暑気でネクタイの着用が無理と判断した場合、シャツを開襟で着用 し、戦車搭乗服のエリの上に、シャツのエリを出して着用する事となっていた。ただし、当時の写真を見る限り、この規定はあまり厳密には守られていなかった ようである。また、高温地帯の国境外で任務にあたる兵士達と、ドイツ国内の軍事用地内での演習中には、戦車搭乗服無しでシャツを着用する事が許されてい た。


胸ポケット付プル オーバーシャツ

マウスグレーと黒のニット製プル オーバーシャツ。
黒のシャツは戦車搭乗服用である。これらのシャツはプリーツ付の胸ポケットが付けられているので、1942年 中頃以降に生産された物である。
この2着のシャツは両方共圧縮した紙製のボタンが使用されている。

1942年の中頃から、 これらのシャツの両胸に、フラップ付のアウトポケットが付けられるようになったが、胸ポケットにはプリーツ付のものと プリーツ無しのものがあった。

また、胸ポケットのフラップは、直線的なデザインの物と、フラップの下側が曲線的なデザインの物があった。



マウスグレーのニット製、胸ポケット付プルオーバーシャツ

1942年中頃、プルオーバーシャツの胸にフラップ付のアウトポケットが付けられた。

このプルオーバーシャツの前立には4個の紙製ボタンが付けられているが、5個付けられたものもあった。

また、このシャツの背には、タックが設けられている。

ディティール

開襟状態を示す。プルオーバーシャツの第一ボタンのホールは水平に設けられているが、第二ボタン以下は垂直方向に切ら れている。

このプルオーバーシャツには、42のスタンプが押されているが。この42のスタンプはカラーサイズのスタンプで、1942年を表すものでは無い。

ディティール

胸のフラップ付のアウトポケットのクローズアップ。

このポケットにはプリーツがあるが、プリーツ無しのポケットが付けられた物もあった。

ディティール

袖口のクローズアップ。

袖にもタックが設けられていて、かなりゆったりとした作りになっている。

このシャツの袖口は1個のボタンで留めるように作られているが、スリットが長く2個ボタンが付けられている物もあった。

ディティール

スリット部のクローズアップ。
プルオーバーシャツの裾の両サイドには、この様にスリットが設けられている。

これは着丈の長いシャツが、元来下着の機能を果たしていたためで、このシャツの場合は前よりも後ろの方が、臀部を覆うように長く作られている。

 取材協力:クラウゼ
ダークグレーのニット 製、胸ポケット付プルオーバーシャツ

このシャツも胸ポケットが付けられている事から、1942年以降に生産されたものである。

このシャツの前立のボタンは5個で、特に第一ボタンと第二ボタンの間隔が狭く、如何にも開襟着用を考慮した作りになっているのが興味深い。

このシャツも、裾両サイドのスリット上部は上のシャツと似た作りで、前後の身頃の長さが異なり、後ろの方が長い。

 取材協力:クラウゼ
ディティール

生産工場を表すRB.Nr.と、サイ ズを表す”V”のスタンプ



黒のニット製、胸ポケッ ト付プルオーバーシャツ

このシャツは、1942年中頃にプルオーバーシャツに胸ポケットが設け られるようになってからの、戦車搭乗員向け黒のニット製プルオーバーシャツである。
このシャツの前立には5個の紙製ボタンが付けられている。

スタンプはサイズを表すUと、生産工場を表すRB.Nr.である。

ディティール

袖口のディテール。袖は 手首の部分で絞られているので、このようにダーツが設けられている。
このシャツの袖口には2個のボタンが付けられていて、袖 を大きく開けられるように作られている。このプルオーバーシャツには標準的な、圧縮した紙製のボタンが使用されている。

ディティール

このプルオーバーシャツは、裾のスリット部にガセットが付けられている。

これは、下着としての機能を持った、着丈の長いシャツには良く見られる作りで、サイドの縫い合わせ部の強度を保つ為に設けられている。

※ガセット(まち): 衣服の機能やデザイン性を向上するために用いる三角や菱形などの布地



フィールドグレーのニット製、胸ポケット付プルオーバーシャツ

1943年6月23日付 けで、あらためて両胸にプリーツ付き縫いつけポケットのあるフィールドグレーのプルオーバー シャツが、一般兵科用として導入された。

戦車搭乗員に関しては、当初このフィールドグレーのシャツは支給されなかったが、生産から供給面 での統一化が図られたのは翌1944年で、1月10日付け通達によって、戦車搭乗員に対しても、標準型のフィールドグレーのシャツの着用が義務づけられ た。ただし、例によって、この通達も厳密には守られてはいなかったので、この通達以降は戦車兵用シャツのバリエーションが増えたと考えた方が妥当であろ う。

ディティール

襟を閉じた状態を示す。

開襟の状態は、上の黒い戦車搭乗員用プルオーバーシャツの画像を参照されたい。

ディティール

生産工場を表すRB.Nr.と、サイ ズを表す”3”のスタンプ

ディティール

袖口のディテール。袖は 手首の部分で絞られているので、このようにタックが設けられている。

このシャツの袖口には2個のボタンが付けられていて、袖 を大きく開けられるように作られている。このプルオーバーシャツには標準的な、圧縮した紙製のボタンが使用されている。

ディティール

このプルオーバーシャツにも、裾のスリット部にガセットが付けられている。

ガセットが付けられていないタイプでは、前後の身頃寸法が異なるが、ガセット付では前後の丈が同じになっている。


時期は定かではないが、戦争末期には、ニット製のスタンドカラーのプルオーバーシャツも生産支給されたそうで、実際マウスグレーのニット製スタンドカラー のシャツが確認されている。
これは、フィールドグレーのシャツに替わる物と言うよりは、不足分を補う物であったと思われる。







新旧のプルオーバーシャツ

鳥の羽をむしっている戦車兵達。奥の規格帽を 被った兵は白い綿製の襟なしシャツを、手前の兵はプリーツ付ポケットの付けられたシャツを着用している。手前 の兵の胸元には、認識票も見える。





胸ポケット付プルオーバーシャツ

東部戦線で食肉を加工中の兵士達。兵達が規格帽を被っている事から、撮影時期は1943年の夏以降である。
シワなどの風合いから、ニット製のプルオーバーシャツであると思われるが、伸縮性のあるシャツにカチッとした感じは無く、肩が落ちてポケットも垂れてい て、少々だらしのない雰囲気になっている。





コッ トン製プルオーバーシャツ

綿製のシャツに関しては、元々綿花が輸入に依存していた経緯もあり、開戦後は占領地での買いつけた綿 布などが大量に使用されたため、バリエーションもかなり多い。また、上着とは違い、鹵獲品をそのまま使用したケースもあり、どの時期にどういったシャツが 着用されていたかを明確に説明することは難しい。さらに戦時中になると、高温地帯の国境外で認められていた、上着無しの着用の場合に、外観から階級がわか らなくなってしまうので、主に下士官以上の者が、シャツに脱着式肩章用ループとボタンを縫いつけて肩章を付けたり、右胸に国家鷲章を付けたりすることが頻 繁に行われた。また、そのほかのバリエーションとしては、エリが風に煽られないように、ボタンダウンのシャツなども着用されていた。




 画像提供:北村氏
胸ポケット無しのプルオーバーシャツ

胸にポケットの無い初期タイプのプルオーバーシャツを着用した戦車兵達。二人のシャツの色が若干異なるが、右側の戦車搭乗服を羽織った兵のシャツはマウス グレー、左側 の兵のシャツはダークグレーのニッ ト製シャツか、リードグリーンかフィールドグレーのコットン製シャツである と思われる。

また、2名とも兵科色の山形章のついた、初期型の38年型略帽を被り、右側の兵は、ネクタイをシャツのスリットに入れているのが興味深い。

更に良く見ると、右の兵が行軍靴を、左の兵は編上靴を履いている。



 画像提供北村氏




 画像提供:北村氏

国 家鷲章と肩章を付けたシャツ

左官の舟(モルタルやコンクリート等をこねるための器)の様な物を運搬している兵士達。先頭の兵は黒の装甲科様野戦帽に、胸ポケットの無いシャツ、そして リードグリーンの作業ズボンを着用。2番目と3番目の下士官は、綿製シャツに国家鷲章と肩章を付けて着用している。
この様に、シャツに国家鷲章まで付けて着用するのは、一般的には野戦服の着用に不向きな温暖な気候の地域である。

  
  
私物の使用例
  




東 部戦線の一コマ

前線後方での食事風景であるが、見ての通り写真左の2名は官給のコットンシャツを着用しているが、右の2名に関しては私物を使用して いる。余程暑いのか、中央よりの兵は青の半袖シャツを着用し、ズボンもはいていない!。







と ある砲兵隊アルバムから

後ろに馬が写っているが、この写真は馬匹牽引の砲を装備した、砲兵部隊の兵達の食事風景である。

右から胸ポケット付の
官給のコットンシャツを着用、2 番目の兵はライトベージュの作業着の上に、騎馬兵の中によく見受けられる装蹄資格者(馬のヒヅメに蹄鉄を装着する)が使用している エプロンを着用している。

中央の兵は
ライトベージュの作業ズボンのみでシャツは無し、左から2番目の兵は、白いコットンの襟無しシャツを着用。
左端の兵は良く見ると、細いストライプ柄の私物シャツを着用している。

写真左は、ストライプ柄シャツの兵のクローズアップ。
このシャツも見た通り襟無しである。

余談ではあるが、上の写真で写っている、行軍靴の裏の鋲の数や、つま先の半月金具の有無なども興味深い。
  
   
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30.Apr.2011 公開
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